日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『BILLY BAT』
『BILLY BAT』 第19巻
浦沢直樹(著) 長崎尚志(ストーリー共同制作) 講談社 ¥619+税
(2016年6月23日発売)
アメリカンコミックの大ヒット作『BILLY BAT』を描くマンガ家たちが、未来を予言する「コウモリ」の秘密をめぐって、様々な事件に巻きこまれていく、浦沢直樹の歴史大河サスペンス『BILLY BAT』。
いよいよ物語はクライマックスを迎えることとなる。
1949年のアメリカ。コウモリの私立探偵を主人公にしたコミック『BILLY BAT』の連載に追われる日系漫画家ケヴィン・ヤマガタは、同じキャラクターを日本で見たという情報を得て、戦後間もない東京に飛ぶが、はからずも「下山事件」に巻きこまれてしまう。
歴史的な事件の裏側には、じつは「BILLY BAT」の描き手がかかわっていた! というのが、本書の読みどころのひとつだ。事件をリアルに描き、白洲次郎やアインシュタインといった実在の有名人を登場させ、そのなかにフィクションである『BILLY BAT』のストーリーを紛れこませる――こうした浦沢直樹の“騙り”のテクニックはじつに巧みである。
『BILLY BAT』の描き手はケヴィン・ヤマガタから、ヤマガタのアシスタントであるチャック・カルキン、ヤマガタが命を救ったケヴィン・グッドマン、グッドマンが才能を見出したティミー・サナダへと引き継がれていく。
この4人の『BILLY BAT』の作者には明確な違いがある。
2人のケヴィンは、どちらも未来を予言する「コウモリ」が見える。
一方、チャックとティミーは見ることができない。そして、2人のケヴィンは「コウモリ」が見えるがゆえに、その秘密を狙う組織から命を狙われる羽目に陥るのである。
ストーリーの展開とともに『BILLY BAT』の作中の年代もどんどん現代に近づいてくる。
背景となる事件もケネディ大統領暗殺、アポロの月面着陸という60年代のものから、ベルリンの壁崩壊、そして「9・11」などと時代が下がったものになり、第18巻からは「現代編」と銘打ち、作中の年代が現実のものと一致するようになってきた。
第19巻では、時代は近未来の2017年となり、黒蝙蝠(ヘイビエンフー)教団が活動するチベットが物語の舞台となる。黒蝙蝠教団とは、巨大なコウモリの地上絵を描く団体なのだが、教祖も思想的背景も不明な、謎の組織である。
その存在を知ったケヴィン・グッドマンは、チベットへと向かう。
一方、黒蝙蝠教団が描く地上絵はニセの「ビリーバット」だとして、ティミーは“駆除”を命じ、その結果テロ集団を装った人民解放軍がチベットへと向かう。
ケヴィンの運命やいかに……というところだが、黒蝙蝠教団の教祖の意表をつく正体、さらには意外な人物が登場してケヴィンたちは危地を脱するのである。
そして、第19巻のラストでは、「コウモリ」の秘密が明らかになるというスペイン・バスク地方に、ケヴィンたちは到着する。
未来を知る「コウモリ」に導かれ、2人のケヴィンは『BILLY BAT』を描いてきた。
そうした2人のケヴィンの姿は、浦沢直樹(と共同制作者の長崎尚志)に重なりあう。
第18巻までは、本当の歴史という「コウモリ」の力を得て、物語を紡いできたわけだが、未来が舞台となる『BILLY BAT』に水先案内人の「コウモリ」はいない。
これからは『BILLY BAT』が歴史を作っていくことになるわけだ。
世界は救われるのか? それともコウモリの予言通りに地球はおしまいになってしまうのか?
第20巻以降の『BILLY BAT』の展開から目が離せない。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。、「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。「2016本格ミステリ・ベスト10」(原書房)でミステリコミックの年間レビューを担当。