このマンガがすごい!WEB

一覧へ戻る

9月11日は「アメリカ同時多発テロ事件」が起きた日 『消えたタワーの影のなかで』を読もう! 【きょうのマンガ】

2016/09/11


365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。

9月11日はアメリカ同時多発テロ事件が起きた日。本日読むべきマンガは……。


kietaTOWERnoKAGEnoNAKAde_s

『消えたタワーの影のなかで』
アート・スピーゲルマン(著) 小野耕世(訳) 岩波書店 ¥3,800+税


あの日、あなたはどこでそのニュースを知りましたか?

2001年9月11日、台風15号が神奈川県に上陸し、首都圏を直撃した。
前日、千葉県では国内で初めて狂牛病の疑いのある牛が発見された。
あるいは10日前に発生した新宿・歌舞伎町のビル火災では44名もの死者が出ており、その続報も気がかりだった。

しかし、あの日、報道各局の夜のニュース番組が最初に伝えたのは、それらを忘れさせるほど衝撃的なものであった。

アメリカ東部夏時間午前8時46分(日本時間午後9時46分)、ニューヨークの世界貿易センタービルに航空機が激突し、爆破炎上したのである。
もうもうたる黒煙が湧き上がる様子を国際中継が世界中に配信するそのさなかに、ツインタワーのもう一方にも、2機目の航空機が突入した。
さらに続けざまに、アメリカ国防総省の本庁舎(ペンタゴン)にも航空機が突入する。
その後、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)は、この一連のハイジャック機による激突を「明らかにアメリカに対するテロ行為である」との声明を発表した。

きょう9月11日は、いわゆる「アメリカ同時多発テロ事件」が起きた日である。
アメリカ経済の繁栄の象徴ともいえる世界貿易センターのツインタワーは、この事件によって倒壊し、そして世界の様相は一変した。

アメリカの漫画家アート・スピーゲルマンは、この9.11テロが発生した時、ニューヨークのロウアー・マンハッタンに住んでいた。圧倒的なテロの破壊力を、間近で目撃したひとりである。
スピーゲルマンはポーランド系ユダヤ人であり、彼の父親は第二次大戦当時、アウシュヴィッツ収容所に送られるも、奇跡的に生還した。その父のホロコースト体験を描いた『マウス -アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』は、1992年にマンガ作品で初めてピューリッツァー賞特別賞を受賞している。

スピーゲルマンは9.11テロに強い衝撃を受け、テロ当時の個人的体験と自身のPTSDをもとに新作を描いた。『マウス』、『マウスII』以来10年ぶりとなる新作であり、それが『消えたタワーの影のなかで』である。

マンガ――といっても、本作は新聞に掲載されたものである。
日本のコミックスやアメコミのように、複数ページを使った連続したコマでストーリーを構成するものではなく、新聞1ページで完結するスタイルだ。
日本語翻訳版は、オリジナルのエッセンスを再現するために、A4の判型を横向きにして見開きを使用する特殊な本体仕様を採用した。

作中、昔の新聞マンガのパロディやオマージュを用いており、コミックスにはネタ元となった20世紀初頭の日曜新聞のコミックス付録も収録されている。
なお、表紙に使われているタワーのイラストは、スピーゲルマンが雑誌「ニューヨーカー」のスタッフであった時に、9.11テロから6日後に同誌の表紙として発表されたもの。黒地に黒のツインタワーは、センセーショナルであった。

本作はストーリーマンガではなく、テロ事件以後の作者の行動や考えた内容を、寓話を交えて表現している。「コミック・ジャーナリズム」とか「グラフィック・ノベル」と呼ばれるものであり、社会政治への風刺や皮肉に富んでいて、ストーリーマンガのようにサクサクと読み進めていけるものではない。
主人公が『マウス』同様にネズミの姿で描かれるシーンもあるので、寓意的な要素もあるのだが、エッセイ的でもあり、制作時期が明記されたドキュメンタリーでもある。当時の世相などを思い出したり調べたりしながら、ひと見開きごとにじっくりと読みこんでいく性質のものと考えてほしい。
なじみがないと読みづらさを感じるとは思うが、これもまたマンガの一形式であり、マンガの持つ可能性のひとつといえる。

終盤に向かうにつれ、作者のイラク戦争に対する強い抵抗が表明されるようになっていく。
9.11テロ直後のアメリカは戦争に向けて狂奔し、2001年のアフガニスタン紛争に端を発するアメリカの「対テロ戦争」は、反対派の意見を圧殺したまま推し進められていった。本作もアメリカ国内では発表の機会を得ることはできず、ドイツの全国新聞「ディー・ツァイト」(週刊)に掲載されたのである。

9.11テロの時に抱いた恐怖は、何か別のものに置きかえられてしまったのではないだろうか。あの悲劇は、こっけいなパロディに置きかえられてしまったのではないだろうか。
作者のジャーナリスティックな感性が、そう訴えかけてくる。

あれから15年。今年もパリで、ブリュッセルで、世界各地でテロが起き続けている。
いまやテロは日常化してしまった。
われわれはどのような顔をして、日々の暮らしを送ればいいのだろうか。
きょう9月11日は、「アメリカ同時多発テロ事件」に思いをはせたい。



<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama

単行本情報

  • 『消えたタワーの影のなかで』 Amazonで購入
  • 『マウス -アウシュヴィッツを… Amazonで購入
  • 『マウスII -アウシュヴィッツ… Amazonで購入

関連するオススメ記事!

アクセスランキング

3月の「このマンガがすごい!」WEBランキング