365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
10月5日は『サザエさん』の放送開始日。本日読むべきマンガは……。
『サザエさん』 第1巻
長谷川町子 朝日新聞出版 ¥500+税
“国民的アニメ”の代名詞となって久しい『サザエさん』。
テレビ放送のスタートは、1969年のきょう10月5日。47年も前である。
2013年には世界でもっとも長く放映されているテレビアニメ番組としてギネス認定され、現在までにエピソード数(作品No.)は7500を越えている。
ここまでくると、全話あまさず見ている人間は希少なマニアで、なんとなくのイメージで作品をとらえている層が圧倒的に多い。
フジテレビ公式の番組紹介でも、そのイメージに乗せて「いつも暖かさと楽しさと、そして平和な家族の代表のように、誰からも愛され、親しまれている“いい家族サザエさん”」と称しているが、実際のところ、これは作品の方向があるていど定まったあとのかたちである。
初期の『サザエさん』は生粋のスラップスティック喜劇で、時にえげつない描写や台詞も多かった。
たとえば、記念すべき第1回のファーストエピソードである「75点の天才!」。
カツオが珍しくテストで75点をとったことに始まる騒動を描いた1編だが、上機嫌すぎる弟に対してサザエさんが今では放送禁止用語になる4文字をいい放つわ、ふだんは0点ばかりなのを茶化したワカメの首にカツオが縄をかけようとするわ、波平が隠し持っていたラブレターを見つけたフネがハサミを振りまわして襲いかかるわ……。今の『サザエさん』とは毛色がだいぶ異なっている。
同じ初回放送の「押し売りよこんにちは!!」では磯野家へ押し売りにきたヤクザ者が出刃包丁を持ちだすし、「お父さんはノイローゼ」では波平が癌になったと思いこんだ磯野家内がパニックに陥るしで、第1話全体が物騒さのオンパレード。ドタバタというより狂騒の域である。 「75点の天才!!」でタマが2本足で立って殺意満々の形相でネズミを追い回す場面からうかがえるが、笑いの方向としては元々は『トムとジェリー』系だったのだ。
というふうに、現在と初期のアニメ版の違いをふまえたうえで、では原作マンガとアニメの距離感はどうだろうか。
マンガ『サザエさん』は1946年、九州・福岡の新聞「夕刊フクニチ」で連載が始まり、数度の中断と再開、掲載紙の移行などを重ねて28年も断続的に描かれた長寿作品である。
連載が始まった時代は戦後まもなくということで、闇市への言及をはじめ、傷痍軍人や満州帰りの人が出てくるなど、当時ならではの大衆世界がリアルタイムなものとして展開されていた。
また、最初は舞台が福岡だったこと、サザエが独身だったことも、最終的な設定とはだいぶ隔たりがある。
細かくいうと、サザエの結婚は1947年に「夕刊フクニチ」で2度目の連載中断になった時の最後のエピソードだ。
これは長らく幻の回だったが、去年「週刊朝日」の臨時増刊号『サザエさん2016』に掲載されたことで貴重な資料を直に目にできるようになった。
この時点ではまだマスオは顔出ししておらず、当然タラちゃんもいない。つまりマンガのもっとも初期には「磯野家」の構成そのものが違っていたわけだ。
マンガが始まって23年後に放送スタートしたアニメ版は、先述したドライで物騒なドタバタぶりが今よりは原作とテイストが近いものの、それでもマンガ連載の後期のかたちを採用したものである。
つまり戦後まもなくの色はおおかた抜けて、昭和40年代後半の中流家庭なりの豊かさを照らす鏡となった磯野家だ。
アニメ初期の時点でさえも、すでに時代の流れとともに大きな変化をとげたあとの産物だという点は、『サザエさん』のイメージと実際をとらえるうえで重要になってくる。
そのとっかかりとして、アニメ『サザエさん』放送開始の記念日に、原作マンガの第1巻までさかのぼってみるのも一興だろう。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメやマンガ、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7