日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『バットマン:マッドラブ 完全版』
『バットマン:マッドラブ 完全版』
ポール・ディニ(作) ブルース・ティム(画) 秋友克也(訳)
小学館集英社プロダクション ¥1,600+税
(2016年9月21日発売)
2016年も多数のアメコミ映画が公開されたわけだが、登場したキャラクターのMVPをあげるとしたら、マーベルコミックスからはR指定映画ながら大ヒットを記録した『デッドプール』の主人公のデッドプール。DCコミックスは悪役だけで組織された特殊部隊の活躍を描いた『スーサイド・スクワッド』のメインキャラクターである女性ヴィラン、ハーレイ・クインが選ばれるのはほぼ確実だろう。
そして、個人的にどちらかを選ばなければならないとなれば、やはりハーレイ・クインを推したい。
その理由は、ファン層を大きく拡大させる可能性が大きかったからだ。
ハーレイ・クインは、演者であるマーゴット・ロビーの魅力と組みあわさることで、テレビスポット予告にチラっと登場するだけで、普段はアメコミに興味を抱かないような女性たちからも注目を浴び、キャラクター認知度を大きく広げることに貢献した。
独特のファッションとキュートでセクシーなキャラクター性は、ある種のポップアイコンとなるレベルだといってもいいだろう。
そんなハーレイ・クインは、アメコミキャラクターとしてはわりと新参者であり、そのデビューは1992年。それも、もともとは当時放送していたアニメ版『バットマン』の脇役キャラクターだった。
しかし、そのキャラクター性はデビュー直後から目をつけられ、アニメでは準レギュラー化して活躍の機会が増えていった。
そのハーレイ・クインを生み出したのが、アニメ版『バットマン』のデザイナーであった、アニメーターのブルース・ティム。実力派のアニメーターとして人気があり、簡略化されたカートゥーンものらしい絵柄ながらも、セクシーさやかわいらしさを持つ女性キャラクターを描くことでも有名な人物であった。
そして、アニメキャラクターであったハーレイが、コミックデビューを果たすことになったのが、1993年に発売されアニメ版『バットマン』のコミカライズシリーズである『バットマン・アドベンチャーズ』の#12でハーレイはコミックスに登場し、そのシリーズのスピンオフ的な形で、翌1994年に彼女のオリジンが語られる『バットマン:マッドラブ』が発売された。
ハーレイを生み出したブルース・ティムみずからがアートを担当。
DCコミックスのアニメ化を多く手がけた、ポール・ディニがストーリーを描いている。
ハーレイのジョーカーに対する「狂おしいほどの愛情」と、彼女がなぜジョーカーの虜となったかを語る本作は、彼女の魅力を凝縮した1作となっており、コミックブックのアカデミー賞ともいわれるアイズナー賞のベスト・シングル・ストーリー部門を受賞している。
このシリーズは、のちにアニメの世界からコミックスの世界にハーレイをデビューさせる原動力にもなった作品なのだ。
ある意味、『バットマン:マッドラブ』は、ハーレイのキャラクター人気を決定づけることに成功した作品であり、彼女を知るためにはマストバイアイテムといって過言ではない作品だったのだが、邦訳版は残念なことに長らく絶版状態が続いていた。
そして、再び『スーサイド・スクワッド』でハーレイが脚光を浴びたこのタイミングに、ファン待望の復刊が決定。邦訳だけでなく、ブルース・ティムの描く原画のイメージを堪能できるオリジナルのレイアウトやカラーガイドを収録。
ハーレイのキャラクターを知るための入門書であり、ディープなアメコミファンには伝説となりつつある作品の原画の雰囲気を味わいつくすことができる、「完全版」の言葉に偽りのない1冊となっているのだ。
<文・石井誠>
1971年生まれ。アニメ誌、ホビー誌、アメコミ関連本で活動するフリーライター。アメコミファン歴20年。
洋泉社『アメコミ映画完全ガイド』シリーズ、ユリイカ『マーベル特集』などで執筆。翻訳アメコミを出版するヴィレッジブックスのアメリカンコミックス情報サイトにて、翻訳アメコミやアメコミ映画のレビューコラムを2年以上にわたって執筆中。