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今回紹介するのは、『狼の口 ヴォルフスムント』
『狼の口 ヴォルフスムント』 第8巻
久慈光久 KADOKAWA ¥660+税
(2016年11月15日発売)
現在のスイスが誕生するきっかけになった「スイス独立戦争」の史実をもとに、血と炎に彩られた凄惨な戦いを描く人気作の最終巻。
タイトルにもなっている「狼の口=ヴォルフスムント」は、物語の冒頭から舞台となる砦の名前だ。
この砦は現在のスイス中部に実在する、ゴッタルド峠(ザンクト・ゴットハルト)にあった関所のこと。
しかしこのヴォルフスムント陥落後も戦いは続く。
著者が描きたかったのはヴォルフスムントよりむしろ、当時の農民たちで構成された反乱軍が、領主の貴族ハプスブルク家率いる大軍を相手どり、数と装備で圧倒されながらも歴史的な勝利をおさめた「モルガルテンの戦い」だったのだ。
最終巻となるこの第8巻では、じつに236頁にわたってこの「モルガルテンの戦い」を追う。
史実から、勝ち戦だとわかっていても壮絶な展開はまさにクライマックス。
なおモルガルテンの戦いでハプスブルク家レオポルトと対峙する山岳森林三邦のひとつシュヴァイツは、のちのスイス連邦の中心的な州になり、またその語源ともなっている。
永世中立国として平和なイメージを持っている人も多いであろうスイスの、誇りと自由のために流された血の歴史を、本作は下敷きにしているのだ。
山岳森林三邦の農民軍と、騎士道精神を重んじる貴族たちの軍。
著者はこのモルガルテンの戦いを、作中のナレーションで「騎士=貴族が戦場を支配する時代の終わり すなわち 武装した一般民衆が戦争の主役を務める時代の幕開けである」と語らせている。
中世の封建権力が、自由を求める民の力によって打ち負かされる時代の始まりだともいえるだろう。
ただし、本作でも言及されているとおり、モルガルテンの戦いのあとも200年もの長きにわたり、ハプスブルク家はスイスに侵攻を試み続ける。
抑圧者からは愚かしいとも狂気の沙汰ともいわれる抵抗運動が、世代を超えて続けられた結果として、自由は勝ち取られてきたものなのだ。そのことを思い出させてくれる傑作である。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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