中世のイングランド。白薔薇のヨーク家と赤薔薇のランカスター家が王位をめぐって戦いを繰り返す薔薇戦争時代――。ヨーク家の三男・リチャードにはある“秘密”があった。実の母に「呪われた子」と疎まれながらも、父・リチャードを希望の光と信じるリチャードの前に、天使のように純真無垢なひとりの男が現れる。2人の出会いは運命なのか必然なのか……。愛憎渦巻くなか、それぞれの人生が動き出す――。
ウィリアム・シェイクスピアの史劇『リチャード三世』を原案にしながらも、菅野文先生の大胆な解釈とアレンジで、まったく新しいリチャード三世の物語に生まれ変わった『薔薇王の葬列』。
美しい絵柄で語られる残酷でドラマティックな本作は、歴史好きはもちろん幅広い読者をとりこにし、『このマンガがすごい!2015』でもオンナ編17位にランクイン! 待望の第4巻が7月16日に発売されたばかりの、菅野先生にインタビューを敢行しました。
※インタビュー記事内に、一部ネタバレがございます。『薔薇王の葬列』を未読の方はご注意ください。
興味を持つとすぐに自分の手で描いてみたくなる
――『薔薇王の葬列』は史実をもとにした作品ですが、この作品が生まれたきっかけは?
菅野 シェイクスピアの戯曲『ヘンリー六世』[注1]を読んだことです。何かに興味を持つと、すぐ「私の手で描きたい」となるクセがありまして。そこから歴史を調べて、史実と虚構、2つの顔を持った人物であるリチャード三世に興味を持ちました。
――なるほど、シェイクスピアの戯曲にしても、創作の手が入っているわけですしね。シェイクスピアの『ヘンリー六世』にも、リチャード三世は登場しているんですか?
菅野 原案で2人が会話するシーンは最後くらいしかないんです……。でも、作中で2人が対照的な人物として描かれていると感じたんです。この2人をメインにすれば物語が明確に描けるのでは、と考えました。特にリチャードに関してはこれまでマンガでほとんど取りあげられていない人物でしたので、これはぜひ私バージョンのリチャード三世を描いてみたいと。
――リチャード三世は史実によると……肉体的な特徴としては背骨に湾曲があったといわれていますね。彼を「両性具有」のキャラクターにしたのはなぜだったのでしょう。
菅野 シェイクスピアによるリチャード三世が背骨の湾曲だけでなく、左右比対称の体という設定があります。これが発想のひとつになったんです。
――そこから、今のリチャード三世のイメージが生まれたのですね。
菅野 さらにプラトンの『饗宴』[注2]に書かれたアンドロギュノス(両性具有)とイメージが重なったこともあります。アンドロギュノスの体形が球体であり、とても頭がよかったというところが、私の想像するリチャード三世像と重なりました。リチャードを両性具有という設定にしたために、必然的にヘンリーとの間に恋愛感情が生まれたという感じです。今後はやはりその感情がキーポイントとなっていきます。
――ヘンリーの息子のエドワードも、かなりリチャードに入れこんでいるようで、そこも気になりますが……。
菅野 彼はこんなにも出張ってくる予定ではありませんでしたし、こんなにリチャードを好きになる予定もありませんでした。一番勝手に動いてくれています。実際はあまり活躍の場がないキャラなので、性格は史実の「かんしゃく持ち」という要素と、原案に出てくるクリフォードというキャラを混ぜて作っています。それにしても……名前が一緒の人もいてとてもややこしいです。ネームを作る時にも、いつも気をつかうところです。
――リチャードのお兄さんもエドワードですしね。でも、どっちのエドワードもキャラが立ってるので、読んでいて混乱することはないですよ。
菅野 ヨーク家のエドワードは、実際は似ていなかったようですが、『薔薇王の葬列』では、父親にそっくりという設定にして描いています。とにかく「ドヤ顔で生きている人間が一番うまくいく」という考えのキャラで……いやなところも含めてとても楽しい人なんですが、読者の方には比較的好かれていない気がします(笑)。
- 注1 シェイクスピアの戯曲『ヘンリー六世』 実在したイングランド王、ヘンリー6世を主人公としたシェイクスピアの3部作(『ヘンリー六世第1部』『ヘンリー六世第2部』『ヘンリー六世第3部』)。シェイクスピアの実質的なデビュー作で、この作品によりシェイクスピアは人気作家へとなった。
- 注2 プラトンの『饗宴』 古代ギリシアの哲学者プラトンの中期対話篇のひとつで、副題は「恋について」。作中に登場する「人間はもともと背中合わせの一体(アンドロギュロス)であったが、神によって2体に切り離された。このため人間は互いに失われた半身を求め、男らしい男は男を求め、女らしい女は女を求め、多くの中途半端な人間は互いに異性を求めるのだ」というくだりは有名。