重要なキーワードは“裏切り”
――菅野先生は、リチャードをどのような人物ととらえていますか?
菅野 史実のリチャード三世は、内向的ですが心中に熱いものを持っていて、まじめすぎて融通がきかない人、そして人づきあいがちょっとヘタ……というような印象があります。政治よりいくさ向きな人だったと思いますね。シェイクスピア版のリチャードのずる賢く堂々としたヒールっぷりとは真逆ですが、どちらも好きな人物像なので、この両方を同居させられないかと思って創作しました。シェイクスピアが描いたリチャードの物語の流れを、私なりに史実で解釈したのが『薔薇王』です。
――たしかに史実と創作、両方の要素がみごとに融合されてますね! 知られたくない秘密を抱えているがゆえに心を開けないでいるけれど、父親のリチャードなど尊敬する人に対しては惜しみなく愛情を表現していますし。
菅野 見た目に私の好きな要素を詰め込んだキャラなので、単純に絵を描くのが楽しいです。性格はクールなようでいて意外と素直な感じを出すことを心がけています。
――そこがなんともかわいいです! 本作は絢爛たる白薔薇・赤薔薇戦争の歴史絵巻として始まっていますが、リチャードが幼い頃からどのように育っていったかという側面、人格形成などもストーリーの大きな幹になっていると感じます。母に疎まれ、父からは同じ名を授けられたリチャードの幼少期を、どのようにとらえていますか?
菅野 いい意味でも悪い意味でも、そうとは思っていなくとも、リチャードにとって親の存在はずっと呪縛になり続けます。
――とりわけリチャードが父の首に口づけるシーンが印象的でした。この場面を、どのようなお気持ちで描かれていましたか?
菅野 ネームを描いていて、自然と「する」と思ったので。意味はいろいろ想像していいただければと。
――3巻からは、人間関係がぐっと大きく動きましたね。ヘンリーがリチャードを「自分の帰る場所」とまで見定めたのはなぜだったのでしょう。
菅野 ヘンリーは思い込みが激しいというか、普通の距離感ではない人なので、ほんの少しの救いに激しく依存してしまったのです。
――リチャードの孤独さがまた彼を引きつけるのかもしれないですね。ヘンリーに加え、彼の息子のエドワード、そしてアンもリチャードを意識して……リチャードを取り巻く人間関係は非常にこみ入ってきましたが。
菅野 リチャードは人を愛して裏切られることが怖くて、容易に愛を受け入れません。でも内実はとても愛されたいと思っているので、すぐに他人に期待してしまいます。原案や史実のリチャードもそうですが、本作では“裏切り”というのがひとつ重要なテーマになります。裏切りというものが本当はどういうことなのか、繰り返し描くことになると思います。