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『文庫版 魔の断片』 伊藤潤二 【日刊マンガガイド】

2017/01/30


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『文庫版 魔の断片』


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『文庫版 魔の断片』
伊藤潤二 朝日新聞出版 ¥600+税
(2017年1月6日発売)


伊藤潤二が2014年に刊行した『魔の断片』が文庫版となって登場した。

伊藤潤二といえば、やっぱり90年代の朝日ソノラマ諸作が頂点でしょ! という人も、もし本作品集をスルーしていたなら、この機会に手にとって読んでみてほしい。

家が欲情するという空前絶後の設定に口あんぐりの「木造の怪」。
真顔で冗談を言うような著者一流のギャグセンスが冴えわたる「富夫・赤いハイネック」。
遭難してけがをした男を救う、雪女ならぬ黒い鳥にまつわる綺談「黒い鳥」、だれかに指示されないと何も決められない少女と、彼女に常にささやきかけて精神を安定させる女の奇妙な関係を描いた「耳擦りする女」など、全8作品。

現実のなかの小さな違和感がしだいにエスカレートして狂気のメーターが完全に振りきれてゆく、カオティックな疾走感、幾重にも張りめぐらされた奇想天外な仕掛け、シュールでまがまがしい世界観……。これぞ伊藤潤二! と膝を打ちたくなる。

なかでも、嫁ぎ先の奇妙な風習に戸惑う女性の物語「緩やかな別れ」のすばらしさといったら。

全編に漂う民俗学的なまがまがしい空気、閉鎖的な血縁世界にひとり放りこまれた女性の孤独と恐怖、そして二重三重のヴェールの先に明らかになった残酷な真実の果てにただよう、せつなくもしみじみとした余韻。愛する者との死別と追憶の日々を、これほどリアルにリリカルに描いた作品は、純文学でもめったにお目にかかれない。

そろそろ次を期待したくなる、ホラー界のプリンス健在の証したる珠玉の作品集だ。



<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69

単行本情報

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