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『マザーグール』 第1巻 菅原キク 【日刊マンガガイド】

2017/03/13


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『マザーグール』


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『マザーグール』 第1巻
菅原キク 徳間書店 ¥620+税
(2017年2月13日発売)


腐りかけの甘い香り、という表現が世のなかにはある。でもその味を知っている人は少ない。
腐ってしまったものはどこかしら砂のような、埃のような、素っ気ない味なのだが、これも知っている人は少ないだろう。いい時代だ。

甘く腐りかけるものの代表はやはり果物。バナナや桃やリンゴの傷んだ部位を、口に含んだことはあるはずだ。
鼻腔や味蕾を微かに刺し潰すような、痛みに似た「味」。「腐りかけの甘い匂い」というイメージは、あの痛みとともに思い出される「味」に結びついている。

その「腐りかけの甘い香り」が、紙面から立ちあがり、読者のまわりを霧のように覆う。『マザーグール』はそんな作品だ。

日本の、いや世界の政財界に影響を及ぼすほどの名家の令嬢たちが通う女子校の修学旅行、行き先はドバイ。
少女たちを載せた豪華客船はしかし、突然難破してしまう。夢野久作『瓶詰の地獄』『十五少年漂流記』あるいは『蠅の王』を思わせる展開だけれど、南国の孤島に流れ着いた少女たちを待ち受けるのは、ちょっと筆舌に尽くしがたい「化物」たちだった。
作品のタイトルが暗示する、まるでマザーグースの童謡のような「14の乳房を持つ乙女と赤子たち」の物語を挟みつつ、主人公たちのサバイバルが描かれていく。

本作は、「月刊コミック アース・スター」に連載されていた『HOLY HOLY』 (『旧約マザーグール』上下巻として、本作に続くエピソードを追加して新装刊行)を「別視点」から描くもの。
『HOLY HOLY』あるいは『旧約マザーグール』の主人公たちの名前や姿を見ることができる。「また彼女たちに会える!」と心おどらせてしまう。

本作の主人公たちは、堕天使、娼婦、裏切り者、とさんざんに呼ばれる3人と、彼女たちを見下している「スクールカースト上位」のひとりを合わせた4人。互いに秘密を抱えながら生き抜こうとする彼女たちの姿は、おぞましい化物や、蔦が生い茂る鬱蒼とした熱帯の森と比べれば、いずれも可憐だ。

触ったら痛そうな多足の蟲が這い回る森と、異形の化物による凄惨な残虐行為を描きながら、著者の菅原キクの生み出す少女たちはみずみずしくなまめかしい。

幼い肢体には似つかわしくないゴテゴテとした下着や、無闇に露出するその柔肌は、お色気要素である以上に、正体不明の化物のいる無人島で孤立する彼女たちのあやうさを端的に象徴していると考えるべきだろう(実際ならもっとドロドロのベトベトのひどい有様になっていると思う。マンガでよかった)。
少女らしいささやかな悩みや苦しみ、憧れや喜びが描かれるとすぐそのあとには虫酸がはしるような醜悪な展開が待っている。
この振れ幅、ぜひ彼女たちが救われるほうに、倒れて終わってほしいな……。

なお本作を読むときはぜひRobert Normandeauの『Tangram』という曲を探して聴いてみてほしい。不気味さと異常さがちょうどよく合うので。



<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
Twitter:@nnnnnnnnnnn
Twitter:@n11books

単行本情報

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