日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『ど根性ガエルの娘』
『ど根性ガエルの娘』 第1巻
大月悠祐子 白泉社 ¥600+税
(2017年2月17日発売)
お昼の台所に立って、カレーをつくるお父さん。
食卓についた娘がおいしそうに食べる。
なにげなく始まる日常会話の合間に、娘はきりだした。
「私今度――… お父さんのこと漫画にするから」
父は、吉沢やすみ。
中学生の少年が着ていたシャツにはりついて平面化したカエルがくりひろげるドタバタを描き、1970年代に大ヒットしたマンガ『ど根性ガエル』の著者である。
そして娘は、大月悠祐子。旧名義は「かなん」。
みずからもまた父と同じ漫画家の道を歩んでいる。
その大月が、幼少期と現在をおりおり行き来する回想をつづりながら、父母と自分とのあいだに起きた人間関係のゆらぎを率直に告白していくエッセイマンガ。
それが『ど根性ガエルの娘』だ。
吉沢の自伝的作品『パパとゆっちゃん』や、田中圭一が『ペンと箸』で吉沢の息子(大月の弟)に取材した回に対し、「ゆっちゃん」視点から補足とカウンターを示すような……ともたとえられる内容が話題をよび、「このマンガがすごい! 2017」本誌でもランクインを果たした、まさに“注目作”である。
国民的とまで評された傑作を早くに出した吉沢は、新たな当たり作品を生み出せないプレッシャーにつぶされてしまう。
ギャンブルへ走り、家庭内暴力を振るう。娘から金を奪い、あげく仕事を投げ出しての失踪騒ぎ。
父のつくった借金を働いて返す母は、夫への依存から娘を追いつめる。
娘当人は、過食症や引きこもりに陥る。
漫画家という職業の因果は世間的に特殊ではあるが、自分で自分をダメにする生き方や、そんな生き方に葛藤する姿は普遍的であり、読む者へ深く響いてくる。
最終的に、吉沢は漫画家として再起が望めない身にはなったが、ひとりの家庭人として妻子のもとへ戻ってくる。
大月は、一時期には考えられなかった家族団らんの復活をかみしめつつ、どんな苦境でもマンガ自体には憎しみを向けなかった父や自分の気持ちを悟り、物語にいったんの段落をつけてみせる。
ここまでが、今年2月に出た第1巻新版と第2巻のあらましとなる。
もともと、本作はKADOKAWAの「週刊アスキー」で連載が始まった作品である。
その時点で単行本を1冊だけ出した後、途中で白泉社のWEBマンガ媒体「ヤングアニマルDensi」へ移籍したという経緯があり、第2巻は電子書籍のみだった。
それが今年2月、ついに1~2巻とも紙の本で揃って刊行にこぎつけた次第だ。
刊行のきっかけは、1月下旬に公開された第15話がネット上で大反響を受けたことにある。
漫画家一家の崩壊と再生を描き、最後は大団円でホっとさせる……。
そんなふうにわかりやすい感動ストーリーの流れが、じつのところ企画上の結論ありきで移籍前の編集サイドから求められたものだったという内実を明かし、近年の家族団らんについても、精神的な不安定さを残してキレやすい吉沢が娘を圧迫する側面があるという新たな視点をつけ加えてきたのだ。
つまり、過去の苦しみを現在の視点で捉えて客観視する「ど根性ガエルの娘」の容赦ない自己言及の矛先が、『ど根性ガエルの娘』そのものにまで刺さってきたわけだ。
それによって第1話冒頭のカレーづくりの意味がガラっと変わる体験はちょっとどころではない衝撃。
ぜひ、1~2巻を通して読んでから「ヤングアニマルDensi」連載版へ合流して“15話ショック”を見届け、さらにまた第1話を読みなおしてみてほしい。
時間・記憶・視点・語り部の心情といった変数がかきまわす「ノンフィクションのなかの虚像」の強烈なうねりを味わえば、なぜこれだけ話題になり、単行本化の気運が高まったのかおわかりいただけるだろう。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメやマンガ、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7