人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、沖田×華先生!
とある産婦人科医院の見習い看護士・×華の目を通して、生と死、喜びと悲しみや苦悩が交錯する「産婦人科のリアル」を描き、大きな反響を巻き起こした『透明なゆりかご』。
これまでに電子書籍を含めて累計260万部の大ヒットを記録し、「このマンガがすごい!2017」でも、オンナ編第6位にランクイン。
そして今回、テレビや雑誌などのメディアに多数登場している、著者の沖田×華さんにインタビュー!
これまでに、発達障害や家族関係など、自身の体験を題材にしたエッセイマンガを数多く世に送り出してきた沖田先生が、産婦人科医院での日常をテーマに描こうと思った理由、そこに込められたさまざまな思いについて、セキララに語っていただきました!
フィクションではない、「現実のリアル」をきちんと描きたかった
――まずは手前ミソですが、「このマンガがすごい!2017」オンナ編第6位おめでとうございます!
沖田 いや、びっくりですよね。私の絵はきれいでかわいい絵ではないので、こんなに万人受けするとは思っていなかったし、流産とか中絶とか、けっこうタブー的なことを描いてるので、ネガティブな反応もいっぱいあるかなと思っていたんですが、今のところほとんどなくて。かえって不安です(笑)。
――いえいえ。とはいえ、『透明なゆりかご』がこれだけの反響を呼んでいるのは、流産や中絶など、これまでの産婦人科を舞台にしたマンガではあまり描かれることのなかった部分にスポットを当てられたことも大きいと思います。
沖田 高校生の時に看護士を目指してて、母のすすめでたまたま近所の産婦人科医院でバイトをすることになったんですが、初日から中絶がバカスカ入ってびっくりしたんですよ。中絶や流産って、高校生になってようやく「○○がおろした」みたいな噂をたまに聞くぐらいで、話題になることもないし、妊娠っていうと普通に生まれることが前提みたいにみんな思っているのに、そうでないケースがこんなに多いんだ!ってことに衝撃を受けて。
しかも私、見習いだから医療行為には携われなくて、自然に中絶した胎児を業者に引き渡すための処置を担当するようになったんですが、その処置室のすぐそばに新生児室があって。
なんだこれは!? って。すごく不思議な感じがしたんですね。
――1巻の冒頭すぐでも登場する「命だったカケラを集める仕事」ですよね。淡々と慣れた手つきで作業しながらも、赤ちゃんをバイバイと見送ってあげる×華さんの姿が、映画『おくりびと』を彷彿させるような……。残酷な現実を描きながらも、あたたかで神聖な抒情性にあふれた名シーンです。
沖田 子守歌を歌っちゃったりして…不気味ですよね(笑)。でも、こんなふうに生きるチャンスもあったのに、何が違ったんだろう? もしこの子が生きてたらどういう子どもになったのかな?って。妄想屋さんなので、働きながらもつい、いろいろと考えてしまって…。
――高校生には強烈すぎる体験ですよね。じゃあ、産婦人科医院の話は、いつかマンガに描きたいとあたためていた感じでしょうか?
沖田 それがすっかり忘れちゃってて。大人になってマンガ家になって、『~ゆりかご』の前に『ギリギリムスメ』って連載をやることになった時、1話目がテンパってなかなか描けなくて、別のネタに差し替えてもらおうと代案を考えていたら、そういえばこんなことあった!って急に思い出したんです。で、急いでネームを描いて見せたら編集さんにダメですっていわれて。今はダメって意味だったんですけど、ダメっていわれたらもうそのネーム自体がダメなんだって思いこんじゃうところがあって。ネームも捨てて『ギリギリムスメ』に専念して、1年後ぐらいに連載が終わって、「じゃあ次、前のやつやりましょう」っていわれた時も、なんだっけ?って。
――すっかり忘れてたと(笑)。じゃあ、これを描いたらすごい反響があるだろうみたいな思惑もなく?
沖田 なかったですね。当初は知らない世界をちょっと覗ける、あくまで個人的なエッセイマンガみたいな感じで考えていて。
いざ描くことになって、似たような設定のマンガをいろいろ読んでみたら、流産しそうだったり、高校生で未婚だったり、いろいろ困難はあっても、最終的にはがんばって産みました! 命ってやっぱりすばらしい!みたいに感動する感じで終わるものが多くて。そこで終わりじゃないから!って、ツッコミたいところがいっぱいあったんですね。がんばって育てる!とかいってて、産んだあと衝動的に逃げちゃう人もいっぱい見てきたので。
みんな、そういう現実を知らないのか、あるいは知ってても描いてはいけないと思ったのかはわからないけど、そういう部分を描く人が私しかいないんだったら描いたほうがいいなという思いはありました。
沖田 私も妊娠したことがないので、赤ちゃんを生んだことのある人の気持ちっていうのがいまいちわからないし、その部分は想像で書いてるんですよ。そりゃ赤ちゃんがお腹のなかで亡くなったら悲しいだろうし、ましてや楽しみにしてたんだったら死にたくなるよねって思うんですが、どの程度の苦しみなのかははっきりいって想像するしかなくて。
実際にお母さんを取材したわけでもないから不安はあったんですけど、「よくぞ描いてくれた!」みたいなレビューもあって、正直びっくりしてます。
意図せぬ妊娠も、中絶も、すべてが「悪」ではない
――—いわゆる「お仕事マンガ」とも違う。あくまで沖田先生が体験されたことだけを、当事者とはまた違った客観性をもって描いているからこそのリアリティがありますよね。作中では中絶・流産の実体だけでなく、性犯罪やDV・虐待・育児放棄など、妊娠・出産にまつわるショッキングな事実も描かれていて、単純に驚かされました。
沖田 レイプは本当に多いですね。実家が地方都市の繁華街にあるラーメン屋で、まわりはスナックとかピンサロがいっぱいあるようなごちゃごちゃしたところで育ったからかわかんないんですけど、同級生はほとんどやられてましたね。しかも実の父親とか親戚の兄ちゃんとか…ひどいですよね。なかなか人前で語れないことではあるので、作中に出てくる話は大人がこっそり噂してたり、本人に大人になってからじつは昔こういうことがあって…と聞いたことで、マンガとして引きが弱いなって話は2~3つぐらいのエピソードをあわせて描いたりはしてるんですけど、基本的にはフィクションではなく実際に自分が見てきたことを本人とはわからないように描いてます。
自分では普通だと思ってたんですけど、まわりにはびっくりされますね。高校を卒業してすぐデキ婚したもののすぐに別れて、やむなく風俗で働くシングルマザーとか、あと子供を置いて蒸発する人もしょっちゅういたし。いませんでした?
――いや、私のまわりではいなかったような……。なんにしても、お母さんが出産してすぐ蒸発して、ひとりで赤ちゃんを育てる覚悟をしたヤンキーパパを近所のパン屋のおばちゃんたちがサポートする話とか、強烈なんですけど考えさせられるエピソードのオンパレードですよね。
沖田 拓ボーもバカなヤツなんですけど、おばちゃんたちから見たらいいヤツだったみたいなんですよ。無職だから普通だったら赤ちゃんも施設行きなんですけど、みんなで育ててタク坊に仕事まで世話してやって……。その好意も最終的には裏切っちゃうわけだから切ない話なんですけど、核家族育児で追いつめられるお母さんの話とかを聞くと、これもアリかなって思わなくもないですよね。
――俗にいう「毒親」みたいな、ひどい人もいっぱい登場するんですけど、沖田先生は彼らをダメだけどどこか憎めない人物として多面的に描かれていて、そこに至るバックボーンもちゃんと説明してあるから、たんに「ひどい話」では終わらない、人間の悲しさや滑稽さを浮かび上がらせる、切なくもあたたかな人間賛歌になっている気がします。
沖田 無我夢中で描いてるだけなんですけど、そうなっていたらうれしいですね。たとえば何回も中絶してるとか聞くと、すごい悪人みたいに思っちゃうけど、じつはそうじゃなくて、その人の生まれもった性格と環境とか、いろんなものが重なって中絶に至ってる。虐待するお母さんとかも、ちっちゃい子どもをボコボコにするなんてありえないって思うんですけど、でも、その人はその人ですごく苦しんでることがあって、それを肯定するとかじゃなく、「なにかしら理由がある」ってことを描きたかったのはありますね。たとえヘヴィな話を描いても、その背景をちゃんと描いたら、暗いだけの話にはならないし、だれも悪者にはならないかなって。疲れてくるとすぐ雑になっちゃうんですけど(笑)。
――いわゆる普通の夫婦で特にトラブルもなく出産したものの、よき母であろうとがんばりすぎてノイローゼになるお母さんのエピソードも身につまされました。
沖田 妊娠・出産って、ひとりではできないのに女の人が負担を追うことが多すぎる!という思いはずっとあって。中絶とか流産の問題だけでなく、ちゃんと産んだら産んだで「母性」というよくわからない固定観念みたいなものを押しつけられて、それに苦しめられている人の姿をいっぱい見てきたので、そのことを男性に説明したい部分もありましたね。妊娠・出産って女の問題だけじゃないよー。男性ももっと視野を広げて、自分のこととして考えましょうよーって。
――いや、激しく同意!です。連載誌(『ハツキス』)は女性誌ですが、単行本になって男性の読者も増えたんじゃないですか?
沖田 そうですね。夫婦で読んでくださってる方も多いみたいで、男の人にわかって欲しいという気持ちがあったので、嬉しいですね。
――内容的にはディープではありますが、沖田先生の絵はいい意味でゆるくて親しみが湧く感じで、あっけらかんと読ませる絶妙なバランスがありますよね。
沖田 絵はうちの姪っ子よりもヘタなので、大丈夫かな?って不安もあったので、そういってもらえたら安心しますね。昔はもっとアングラっぽい、きったない絵だったんですけど、『Kiss』で描き始めてから、自然にかわいらしく描こうと意識するようになったかもしれません。絵が変わって、性別問わず、より幅広い層の人に受けつけてもらえるようになったかなって。
――アングラっぽい絵で特殊ルポみたいなサブカルっぽいアプローチをしていたら、また全然違う作品になっていたかもしれませんね。
沖田 そうしなくてよかったです(笑)。
昔のことを思い出すと、本当に自分のまわりには変わった人とか、ひどい人がいっぱいいたんだなーと思うんですけど、不思議なことにひどい人のことほどよくおぼえてたりするんですよね。子どもなんか別に欲しくないのに、不倫相手をつなぎ止めておきたいがために子どもを産むとか、最初はなんなんだこの人?って怒りしかなかったんですけど、だんだんこの人だけが悪いのかな? 相手の男の人も悪いよな? こういう時、なんでみんな女ばっかり責めて男はおとがめなしなのかな?
……みたいな疑問がどんどん出てきて。当時はそれがうまく言葉にできなかったんですけど、大人になって思い出してみると、いろんな考えが浮かんできて。嫌だったり、癖のある人ほど、なんでこの人はこうなったんだろう? 10年前はどうだったんだろう?って、その背後にあるものを考えさせられますよね。
――『透明なゆりかご』は物事をたんに善悪とか正論だけで語ったのは見落としてしまうような微妙な問題とか、曖昧な感情みたいなものを、ちゃんとすくいとってくれている気がします。
沖田 難しいですよね。正しいことと正しさって違うから、高校生がひとりで制服で赤ちゃんをおろしに来るなんでありえない! 男にちゃんと来て金も出してもらえ!とか思うんだけど、本人がそうなんですよね…ってうなずきながらも諦めて、なんなら自分を責めたりしているのを見ると、何もいえなくなる。
正論ってそうじゃない人を傷つけるし、そういう時に私が何をいっても根本的にはなにも解決しないわけで。命を扱うのにこうするのが一番いいみたいな答えも出しようがない。そんなの神様だっていえませんから。
――読者からの反響で、特に印象深いものはありますか?
沖田 共感というか、描いてくれてありがとう!という声が多かったのは、ダントツで流産・死産のエピソードですね。じつはいえずに悩んでいる人がこんなに多いんだ!ってびっくりしました。流産とか死産って、お母さん同士のコミュニティでも、あと夫婦間でもなかなか口に出せないことらしくて。特にすでにお子さんがいるケースだと、生きてるお子さんと死んだお子さんって、だんなさんから見ればまったく別で、死んだお子さんには思いがそれほどなかったりするみたいで、でも、お母さんのなかでは生きてる子と同じようにカウントされてて、ちゃんと年をとってるってみたいなんです。生きてたら何歳とか、お母さんはお祝いしたいのにだんなさんは何やってるの? みたいなズレがあって、すごく孤独だって。深くておもーいものをずっと抱えてる感じがあって、どうしてこの子は生まれなかったのかな?って、いろいろな理由を考えては落ちこむみたいな。
沖田これも答えがないですから、何をもっても納得する答えなんかないんだけど、いつかは折り合いを付けなきゃいけないってなったとき、たまたまドゥーラさんのことを描いて。彼女はスピリチュアルな方だから、すべてはつながっていて、流産は哀しいことだけど、誰のせいでもないし、そのことにはきっと意味があるんだっていう。
あのエピソードを読んで、救われた!といってくださる方が多くて、私はただ見たことを書いてるだけで、それが人にどんな効用があるのかもわからないんですけど、気持ちが軽くなったと感じてくれたらうれしいですよね。
取材・構成:井口啓子
■次回予告
次回のインタビューでは、風俗嬢から漫画家へと転身した驚きの理由や、「発達障害」を題材にしたマンガを描くようになったきっかけなど、沖田先生のパーソナルな部分について深くうかがっていきます!
インタビュー第2弾は、5月15日(月)公開予定です! お楽しみに!
沖田×華先生の『透明なゆりかご』
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