人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
渡辺ペコ先生が「このマンガがすごい!WEB」に初登場!
一子(いちこ)と二也(おとや)は、子供がいない結婚7年目の仲良し夫婦。一子の性欲が「凪」のため、セックスレス状態の2人が選んだのは「夫婦公認不倫」。しかし、公認の恋人・美月との恋に夢中になり始めた二也に対し、一子のなかにモヤモヤした感情が渦巻き始めて――。
「夫婦」の奥深さを描き、連載開始当初から注目を集めた『1122』。その2巻がついに11月22日に発売されました。渡辺ペコ先生といえば、昨年刊行の『おふろどうぞ』が2016年5月の「このマンガがすごい!」でも2位にランクインし、作品を追いつづけているファンも多い作家さん。そこで、今回は連載中の作品はもちろん、先生が影響を受けたマンガについてもじっくりお話を伺いました。
<インタビュー第1弾も要チェック!>
【インタビュー】渡辺ペコ『おふろどうぞ』&『1122』リアルな男女関係を描きだす秘訣は、「発言小町」のチェック!?
お風呂はセクシャルな部分とは別なところがいい
――後編では、「このマンガがすごい!WEB」で1位になった『おふろどうぞ』や渡辺さんが漫画家になったきっかけなどもお伺いできればと思います。そもそも、お風呂というくくりで1冊描かれた経緯をお伺いできますか?
渡辺 もともと人並みにお風呂が好きなのと、単純に温泉に対する憧憬があって。ちょこちょこ入りにいったりしていたので楽しく描けるかなと。
――『ペコセトラプラス』のあとがきに「温泉は、ゆくと慣れない世話の焼かれっぷりにかえって疲れたりして、すきなんだか苦手なんだかよくわからないけど、懲りずにたまにでかけてしまう気になる存在です」とありました。温泉に対して、裏腹な感情を抱いていらっしゃるようですが。
『ペコセトラプラス』 上
渡辺ペコ 幻冬舎 ¥1,400+税
(2014年9月26日発売)
渡辺 温泉って余暇やリラックスのために行きますけど、自分にちょうどいい旅館を見つけるのがあまり得意ではないんです。そんなに高い所じゃなくても、若いお嬢さんが立派なお膳を部屋まで持ってきてくれると辛くなるというか、「こっちから食べに行きます!」と思ったりして。今は何度か同じ体験をして、自分や家族にはこれぐらいがいいのかなというのがわかってきた感じです。住むところや好きなごはん屋さんにも、かけられるコストと自分の好み、どういう人と行くと楽しくてリラックスできるのかってありますよね。
――ありますね。過去のインタビューを読ませていただくと、皮膚感覚にご興味があるという発言もなさっています。そのあたりも本作執筆に関係があったりしますか?
渡辺 いわれてみると、そういうところもあるような気がします。初単行本が金原ひとみさん原作の『蛇にピアス』なんですが、そのインタビューを受けていた頃に、皮膚感覚についてお話をしたような気がします。
――好きな温泉や入浴剤はありますか?
渡辺 熊本の黒川温泉とか、千歳空港の近くに支笏湖という湖があって、そのほとりにある丸駒温泉旅館のワイルド系の露天風呂も好きです。入浴剤は、あまり色がついたものや香りが強いものは得意ではなくて、アトピー用の重曹しか入ってないヤツとか、日本酒と塩をいれたりするのが好きです。最近は子供がいるのでやっていませんが、安くてもいいから合成ではないお酒を使うとよいと思います。
――早速、やってみたいと思います。少しお伺いしただけでもいろんな入り方があって、改めてお風呂っていいですね。
渡辺 そうですね。基本的には裸という無防備な状態になるわけですけど、セクシャルなこととは別、というところがいいですよね。
――『おふろどうぞ』には娘が母親の不倫現場を目撃してしまうお話も収録されていました。娘は「不倫だ。ギャー!」って感じですが、当人たちは穏やかで、お風呂の湯気でお互いの体のラインが30年前に補正されて。ほかのお話もひとつひとつ手触りが違って、それが評価に繋がったと思います。時間は経ってしまいましたが、「このマンガがすごい!」にランクインしたことについてご感想をいただけますか?
渡辺 自分では気にいっているんですけど、地味な話なので、少しでもみなさんに届いてよかったなと思います。
物語の世界に没入していた少女時代
――では、ご自身のことについてもお伺いしていきたいと思います。子ども時代からマンガを読むのがお好きだったんですか?
渡辺 本とかマンガは小さい頃から好きだったのですが、マンガはあまり買ってもらえなくて。なぜか月刊誌はお小遣いで買っていいことになっていたので、『りぼん』とか『別冊マーガレット』『別冊フレンド』などをずっと読んでいました。少女マンガも好きだし、絵本も好きだし、児童文学も好きで読んでいたかな。じつはうちの親が不仲だったもので、家のなかがおだやかでなかったので、逃避の意味もあって、物語の世界に没頭していた気がします。
――物語はファンタジーでも、恋愛ものでも、埋没できるものであればなんでもOKだったんですか?
渡辺 そうです、そうです。『マガーク少年探偵団』シリーズも好きでしたし、『ドリトル先生』シリーズみたいに自分から遠い話も好きでした。でも、高校に進むと、一応進学校だったということもあってまわりにマンガを読む人がいなくなって。同人っぽいのを描いている子もいましたが、わたしはよくわからなかったし、サブカルチャーという知識も情報もゼロでした。その頃はまだ自分がマンガを描くとは思っていなかったので、「そろそろ勉強しなきゃ」と高校生で『別マ』の購読をやめたのを覚えています。
――「自分が描くとは思っていなかった」ところから、漫画家を目指そうと思われたきっかけは何だったのでしょう?
渡辺 東京の大学に進学して、美術史の研究のようなことを始めた縁で、美大生とかと知りあうようになったんですね。それまでの私は、絵を描いたり、マンガを描くことは隠れてやることだと思っていたんです。小学生の時に「絵を描いている」っていうと冷やかされるイメージ。それが、自分が何を考えているかとか、何をおもしろいと思っているかを自信をもって表現する人がいることにびっくりして。そこで、研究や評論よりも作る側のほうがおもしろそうだなと思ったんです。とはいえ、自分に何かができるなんて思ってもいなかったんですけど。
――大学でもマンガは描かれていなかったんですか?
渡辺 大学を出てから事務職についたんですけど、働くことに向いていないなと思って、吉祥寺の古本屋でバイトを始めたんです。そこで久しぶりにマンガを読みまして。青年マンガに関しては初めて読んだぐらいでしたかね。古谷実さん、福本伸行さん……おもしろくてびっくりして、その時ですね。初めてビビッドに「自分もやってみたい」と思ったのは。それでもやっぱり恥ずかしくて人にいえなくて、秘密にしながらマンガを描き始めたんです。
――秘密にしながら!
渡辺 はい。そうやってバイトをしながらちまちまマンガを描いていた25歳ぐらいのとき、母が病気で倒れて、とりあえず札幌の実家に戻ったんです。その時、お金もないし、「自分はこれをやっています」といえる身分もないことに猛烈に危機感を覚えて。何か名乗れるものがほしいと思って、初めてものすごくマジメにマンガを描きあげました。青年誌は好きだったんですけど絵や背景のハードルが高かったので、昔から読んでいてなじみのある集英社の女性誌に応募して。今はなくなっちゃったんですけど、そこでデビューしたのが26歳です。
自分の線で画面を構成することができるんだ!
――今、絵柄の話が出ましたが、渡辺さんの絵といえば瞳の動きや虹彩まで描きこんでいらっしゃって、こんな細部にまで演出が入っているんだと思ったりするのですが。
渡辺 虹彩を描くようになったのは最近かもしれないですね。目は最初に『別マ』文化のいくえみ綾さん、くらもちふさこさんを一生懸命マネしました(笑)。
――ほかに絵で影響を受けた方はいらっしゃいますか?
渡辺 松本大洋さんを見た時もカッコよくてびっくりしたんですけど、南Q太さんの絵を見た時に「すごくいいな」と思ったのを覚えています。それまでは、建物や背景は本物そっくりに描かなきゃいけないと思いこんでいたんです。南さんのマンガを見た時に、「似せて描くだけが描きかたじゃないんだ」「自分の線で画面を成立させて、カッコよくできるんだ」ということがわかって。その頃、魚喃キリコさんもよく読んでいましたね。
――魚喃さんの線も個性的ですよね。
渡辺 線は少ないんですけど、何を描いているのかとか、物の色気がすごく出ているんですよね。まだ魚喃さんのマンガを知らなかったとき、本屋で魚喃さんの新刊のポップが大きくつり下げられているのを見て、あまりのかっこよさにガーンときたのを覚えています。古谷実さんもマネしましたね。『僕といっしょ』が大好きで。黒田硫黄さんにも憧れて、影響を受けました。といっても、ベタを増やすとかそれぐらいですけど(笑)。