自分が楽しくあることで、娘にも世界の楽しさを伝えられたら
――たかこさんと、一花ちゃんの変化が二重奏のように描かれているという印象も強いです。
入江 物語の流れを決定づけたもうひとつ大きなポイントになっているのは、一花ちゃんの拒食と不登校ですね。娘のことで暗くなっていきすぎちゃうとバランスを取ろうとするというか。その答えが第9巻にでてきます。やっぱり自分が楽しくないと、娘だって楽しくないという。
――たかこと一花が高校を見学しに行くけれど、そこは一花の居場所にはなりえないとわかって。ああいうとき、絶望している子になんと言葉をかけることができるのか、身につまされるシーンです。そこで、突然立ちあがって叫ぶように歌うたかこさんがカッコいい! 最高にロックです。
入江 そういわれるとうれしいですね。自分は音楽は好きですけどロックとはほど遠いところに生きてるなといつも思ってたので。前から描こうと思ってたわけじゃないんですけど、たかこさんが急に立ちあがって歌いだしたっていうのはうれしかったです。
――いわゆる「キャラが勝手に動く」というやつですか?
入江 そうですね。「そうか、バンドやりたいのか、たかこさん!」と! 胸に迫るものがありました。ネームを読んだ担当さんも電話の向こうで「号泣しました(泣)」っていってて……変な仕事だよなぁと(笑)。この場面があるとなしでは第9巻は全然違うものになったと思います。
――母娘それぞれの変化を並行して描いていくことも、この物語を描く意図にあったのでしょうか。
入江 最初はなかったんですよ。最初に登場した頃の一花はふくよかでしたよね。じつはこの連載を始めたとき、私の娘が、のちに一花ちゃんが通うことになる文化学院に通っていたんです。その最中に、学校がなくなるという話がでて。
――文化学院は実在する学校だったんですね。
入江 学校自体は存続することにはなったんですが、高等課程がなくなってしまうことになり、とても残念に思ったんです。学校に行けない子が入る学校ではなくて、芸術家を育てる学校なんですよ。私自身、先生方の自由な考え方に触れて「こんなに自由でいいのか」とびっくりするとともに心底ありがたくて。私が今から入り直したいと思っちゃうくらい魅力的でした。学校に行きたくないと思ってる子や、親御さんたちにこの学校の存在を知ってもらうにはどうしたらいいのかと……でも、結局私にできることは限られていて。だったらマンガのなかに描いてやろうじゃないか、文化学院のことを描くまでは絶対にやめたくないと思ったんです。
――作中にでてくる学校の様子はほぼフィクションですか?
入江 ほぼそのままですね。ともかく先生がすばらしいんですよ。ともかく、この学校のことを描くためには、一花の変貌を全部描かなくてはならなかった。なぜその学校を選ぶ必要があったのか、どうやって文化学院にたどりついたか。一花のモデルになっているうちの娘には謝りましたが、簡単に「いいよ」といってくれたんですよ。両親ともこんな仕事をしてるので、達観してるのかもしれないですが。
――結果的には、ドラマとしての整合性はありますけどね。母と娘が影響しながら2人とも変わっていくという。
入江 第9巻でようやく文化学院を描けて……あの建物を入っていったところを描けたときは本当にうれしかったですね。
――建物の持つ雰囲気にひかれるように、一花ちゃんが歩を進めていくのが印象的でした。
入江 本当に素敵な建物で。たかこさんが急にギターを買うといいだしたんで、「えっじゃあ楽器屋に行かなきゃダメじゃん」となってあわてて取材に行ったんですよね。でも、楽器街といえば御茶ノ水だし、文化学院も御茶ノ水だし、これはちょうどいいじゃないかと。連載をやってるとこんなふうに偶然がかみあいだすことがあるんですね。漫画家さんはみんな経験していると思うんですが、こういう時、自分以外の何かの力が働いて描かせてもらってるような気持ちになりますね。
――文化学院の建物、実物も見にいってみたくなります。
入江 今では、残った専門課程もあの場所から移転して今年からは授業内容も変わってしまうらしいですけどね。文化学院のことをどのくらい伝えられたかはわかりませんが、今からでも旧体制で高等課程を復活してもらいたい。入りたい人がたくさんいたら、またどこかで復活するんじゃないかと思っているんです。
――一花ちゃんが少しずつ食べられるようになっても一進一退で。拒食はすぐに治るものではなくリアルなところだと思うのですが、第9〜10巻では一花ちゃんの笑顔が増えていってホッとしました。
入江 たかこさんはさておいても、一花ちゃんだけは幸せになってほしいと思って描いてましたね。私も若い頃に拒食になったことがありますが、自分の子どもがなるほうが10倍つらかったです。同じ思いをしている人はたくさんいるはずで。そんな人たちが「こんな場所もあるんだ」「こんなふうに変わることもある」と思えたり、ちょっと元気になってくれたらいいなという気持ちで描いていました。
尾崎世界観との夢のコラボも実現……「私、死ぬんじゃない!?」
――『たそがれたかこ』には、いろんな要素が詰まっていますね。本作は先生にとってどのような作品になったと感じていますか?
入江 描いて、気がすみました(笑)。
(一同・笑)
入江 最後まで、思うように描けて本当によかった、ありがたいと思いました。打ち切りにならず、よくここまで編集部も描かせてくれたなと。
――光一くんのモデルになった尾崎世界観さんとの対談企画もあり、第10巻ではなんと書き下ろしコラボ曲まで実現して。
入江 何回かお会いするなかで、尾崎さんが「CDだしましょうよ」といってくださったんですが、まさか本気じゃないだろうと思ってたんです。でも、何度もいってくれるので「もしや本気なのか?」と。とはいえ単行本の特装版でCDをつけるなんてめちゃくちゃ売れてるマンガじゃないと無理と聞いてましたしね。でも、尾崎さんやRさん(当時の担当)が、お忙しいのに一生懸命動いてくださって、実現にこぎつけたんです。
――『漫画』というタイトルなのがまた粋ですよね。
入江 最初に曲だけ聞かせていただいて、どんなタイトルになるのかなと思っていたら……! こんなに信じられないようなすばらしいことまで実現しちゃったので、すっかり気がすんで死なないようにしないとと思ってます。今、交通事故とか気をつけてるんですよ。
――くれぐれも気をつけてください(笑)。これまでの作品とはかなり違う世界を描いていると思いますが、作者として振り返ってみていかがですか?
入江 「気がすんだ」といったなかには、この作品はこれまで私のマンガに触れていない、読んでほしかった若い人たちのところにも届いたんじゃないかなということもあります。尾崎世界観さんの力などもあって、ツイッターなどで若い人やふだん女性誌は手に取らない人、マンガをあまり読まない人にもだいぶ読んでもらえたんじゃないかなと。
――若い人に読んでほしいという思いが強くあったのでしょうか。
入江 最初は何も考えずいつも通りな感じで描いてたんですけど、一花ちゃんのことを腰を据えて描くことになってからは、そうですね。ライブハウスに行ったりすると、娘くらいの子たちがたくさん来てる。その子たちの会話にも聞き耳を立ててたりするんですが。若い人たちほど「自分は一人だ」と思っちゃうことが、昔より多いんじゃないかなと思っていて。ツイッターとかSNSがあることによって、むしろ余計に。そういう人が読んでくれて、悩んでいるのは自分だけじゃないと思ってくれたらいいなと。
取材・構成:粟生こずえ
■次回予告
次回のインタビューでは、衝撃のラストの制作秘話を語っていただきました!
インタビュー第2弾は3月17日(土)公開予定です! お楽しみに!