海外生活で得た、ある“気づき”
――そんな海外生活で得た経験が『サトコとナダ』につながっていくのですね。
ユペチカ 海外で生活をしてみて「人とはわかりあえないな」と気づきました。この言い方はちょっと語弊があるかな……。「すべてはわかりあえないけれど、いっしょにいられる」ということです。たとえばイスラム教徒の子に「え、豚肉食べるの? 信じられないわ~」といわれたりするわけですよ。でも、私が豚肉を食べることは否定しない。イスラム教徒の人はお酒も飲みませんが「今、お酒飲んでいい?」と聞けば「いいよ」といってくれる。「お祈りの時間だったから遅くなった」といわれたら、「も~しょうがないなあ」と思ったりして。違いは多くてもいっしょにいられるんだなあと思えるようになりました。
――日本に帰っても同じように思うことがありますか?
ユペチカ そうですね。それまでは「あの人は私と違うから」と、交友関係をせばめていた気がします。「賢い子のグループ」とか「派手な子のグループ」とか決めつけて遠ざけていた。そういうことがなくなって、日本に帰ってきてから友だちが増えました。……っていうか、楽しくなりました。
――いい言葉ですね。「楽しくなる」って。
ユペチカ 海外に行く、行かない関係なく気づいてる人は気づいてるんでしょうけど。私の場合、本当にこれに気づいたことが大きかったです。
――「アメリカに来てよかった」とか「この時間がずっと続けばいいのに」とか、ハッピーな言葉が多い作品です。異文化交流の楽しさもありますが、やはりこういうところが『サトコとナダ』の魅力なのだと思います。
ユペチカ ありがとうございます。このマンガは日本女子とイスラム教徒女子という縛りではなく、サトコとナダという2人の女の子を描いていると思っています。2人が成長した姿を見せられるよう、最後までがんばって描いていきたいです。
――作品を描くなかで苦労しているのは?
ユペチカ 非常にセンシティブなことにも触れる内容なので、監修の西森マリーさんにしっかり見ていただいているのですが、NGが出た時、どう納得できるかたちで表現していくかを詰めるところですね。
編集担当 イスラム教徒の方々に失礼だったり、誤解を招く表現があってはいけないので、指摘があった場合は必ず相談しながら修正を行います。
ユペチカ たとえばナダが車を運転するエピソードはどうなのか、という指摘もありました。ですが最終的には、舞台はアメリカだし、このまま描きましょう、ということにしました。そうしたら、発表した半年後くらいにサウジアラビアで女性の運転が許可されることになったんです。こういうこともあったりするので、決断が大事になってきます。西森さんはこのマンガがよくなるように、嫌な思いをする方が、できるかぎりいないように厳しく監修してくださっているありがたい存在です。私は西森さんとは直接やりとりせず、編集さんに間に立ってもらっています。
編集担当 作家さんと仲よくなってしまうと、判定が甘くなってしまう可能性があるかもしれないので。あくまで客観的な目でチェックしていただくために私が間に入っています。
ユペチカ ネームだけではなく、ペン入れが終わってから絵の面でもおかしいところがないかしっかり見ていただいています。
『サトコとナダ』の演出を支える“神様”の存在
――「横長」の4コマを描き始めたのは「ツイ4」で連載することになってからですか?
ユペチカ そうです。個人で公開していた時は、一般的な4コマサイズで描いてたのですけど。結果としてはこうしてすごくよかったですね。
――セリフが横書きになっているのが、本作にすごく合ってますよね。
ユペチカ 異国感が増したかなと思います。連載を始めるにあたって編集さんと、縦描きにするか横描きにするかフォーマットをいろいろ検討したんですけど、横描きにすると洋画っぽい雰囲気になるなと感じました。
編集担当 横書きだと左のフキダシから読みたくなりますから、1コマのなかのフキダシの並べ方をどうするかを検討して。最終的に、横書きだけど右から左にフキダシを読むようにしました。
ユペチカ 日本人の読み方に合ってるほうがいいのかなと。
編集担当 ヒントになったのはLINEです。みなさん、横書きでも上から順に読むのに慣れていると思ったので。
――解説ネームもあったりと、かなり文字がこんでいるページもありますが、それにしてはすごく読みやすい。フキダシの書体もかなり変えてますよね。
ユペチカ そこは編集さん頼みです。
編集担当 じつは弊社にはフォントまわりを専門にチェックする担当がいるんです。単行本の奥付にも「フォントディレクター」とクレジットを入れているんですが、この方が「ツイ4」全部のフォントの選定やDTPを管理しているんです。なので「ツイ4」の作品、それぞれフォントが違うんです。連載前に作品ごとに基本になるフォントを精査していただいています。
――「フォントディレクター」っていうクレジット、初めて見ました! 『サトコとナダ』の場合は、1ページのなかでもかなり違うフォントを使っていますが?
編集担当 基本に則りつつ、私が選んでいます。あまり変えすぎるとゴチャゴチャして見づらくなってしまうので気をつけているんですが。ここはこだわっているのですが、あまり気づいてもらえないところなので、うれしいですね。
――自然に見えているってことじゃないでしょうか。
編集担当 フォントディレクターの紺野さんは星海社の取締役であり、あのスティーブ・ジョブズともフォントについて熱く語りあった「DTP界の神様」といわれる存在なんですよ。イチローにバットの握り方を教えてもらうくらいの感じで、常に恐縮してます。
ユペチカ また、異国感を出すためにサトコ以外の子のセリフは「英語から日本語に訳した」みたいな言い回しを心がけてます。ふつうの日本語からするとちょっと不自然な言い回しというか。それで、ナダには「~かしら」といわせたりしてるんです。引っかかるようで味があるなと思っていて。ちょっとだけそんな感じを意識してるんです。
――そういうところでも印象のコントロールが行われていたんですね! 目からウロコです。
ユペチカ 編集さんといろいろ試みてはいます。「不自然すぎる」「まわりくどすぎる」と編集さんに赤字を入れられることは、たくさんありますけど(笑)。
取材・構成:粟生こずえ
■次回予告
次回のインタビューでは、まだあまり知られていないユペチカ先生の意外な過去などもお話をうかがい、さらに『サトコとナダ』の魅力に迫ります!
インタビュー第2弾は4月9日(月)公開予定です! お楽しみに!