読み手にストレスをかけないキャラクター設定
――キャラクターはどのようにつくっていったのでしょうか。
吟 いろんな国籍の子を出そう、くらいしか考えてなかったんです(笑)。宇宙開発に積極的な国の子をと思って、日本生まれのアラタ以外はアメリカ、フランス、インドにしたんですけれど。宇宙開発に熱心な国がコクーンをつくって生き残っただろうという想像から。
――主人公はアラタ、ターラ、シーザー、ルイの4人というつもりで?
吟 4人プラス、ジジちゃんですね。
――そのなかであえて絞るなら、アラタですか?
吟 アラタとターラですね。読者さんの気持ちはターラに乗るかなと思って描いています。アラタはビジュアルも含めてわかりやすい主人公らしさという役割です。キャラクターはとにかくベタにつくろうと思いました。ベタというのは、親しみやすくて懐かしさがあるという意味あいで。昔のSF少女マンガになじんだ方には、「この感じ、知ってる」と思っていただきたいなと。新しいものになじむ時間をかけていただくよりも、受け入れやすいキャラクター設定からストレスなく入れて、物語を純粋に楽しめるようにつくろうと。
――アラタをベースに、シーザーやルイの設定を決めたのでしょうか。
吟 シーザーとルイはそれぞれアメリカ人、フランス人のイメージからつくりました。シーザーはアメリカ国旗柄を着ていたり……。アメリカ人らしい陽気なダサさもあり、額と眉の形状にはアメリカ人の上流家庭の子らしい威厳が備わっています。
ルイはマイペースの芸術家タイプ。アラタは日本人男子らしく、今の若い子のようにセクハラに厳しく、ものをうまく言えずシャイであるとか。定番ですね。
――なるほど!
吟 ターラちゃんもインド人女子の典型という感じでつくっています。ほっそりしていて、恋愛には不器用。アクセサリーやお洋服の趣味なども、インド在住の女性にいろいろ質問させていただいたことを反映しています。
――キャラクターがつかみやすいので、人気が割れそうですが。読者からはどんな声が寄せられていますか?
吟 アンケートをとると、圧倒的に人気なのはアラタさん。ですが、シーザーさんを幸せにしてくれという声が多いです(笑)。
――途中まではターラもだいぶ心配でしたけど。
吟 そういう反応もありましたが、2巻の終わりでもう大丈夫なんじゃないかと思われたかな。読者さんを情緒不安定にさせてしまうストーリーなので、主人公カップルは安定した雰囲気を出したいと思って。
担当編集 ストーリーの情緒不安定さを一身に背負わされてるのがシーザーさんなんですね。
吟 彼がひどい目にあってるのは、たぶん私が耐え忍んで尽くすタイプの男性が好きなせいですが……。ちなみにルイさんは私のなかでは岡本太郎さんです(笑)。
――えっ!?
吟 私、岡本太郎さんの著作が好きで『今日の芸術』とか一時期かなり読んでたんですけれど。「この世に幸福なんてものは存在しない。ただ一瞬の歓喜があるんだ」という言葉があって。一瞬の歓喜で生きていく芸術家像みたいなのをルイに乗せているんだと思います。
――ルイとダフネー症の祇園さんとの恋は、まさにその象徴ですか?
吟 そうです。幸福なんてものは存在しないという考え方の人を描こうと思って。
――ルイは祇園さんを失ったことに気持ちの折りあいをつけられているのでしょうか。
吟 どうなんでしょうね。そこについては……シナリオはつくっているんですけれど、描く機会があるかどうか。
――今後、ルイの気持ちがにじみ出てくる場面があるかもしれない?
吟 そうですね。ただ祇園さんのセリフにもありましたけれど「短い幸福だからといって不幸ではない」という考えはルイも持っているのだと思います。
だれかの傷に触れる物語を描いているという自覚
――最新第3巻では「リストイン(安楽死)」、ダフネー症の少女に対する科学者の横暴などショッキングな社会の現状が提示されています。巻が進むごとに怖ろしくなっていくような……。
吟 おおむねひどくなっていきます(笑)。ほのぼのした話やハッピーな話が描きたい部分もあるのですが、担当さんにはたいてい「あなたは悲劇を描いたほうがいい」と言われるんです。なので、全力で悲劇を描こうとしています。
――最終的に語りたいことのために悲劇が起きているわけですよね。物語が進むにつれ、隠された真実に向かっていくという……。
吟 もちろん、ただ悲劇をつくってだれかを傷つけるということはしていないつもりです。カタルシスなしにだれかの傷に触れてはいけないと思いながらマンガを描いていますので……。だれかの傷に触れる物語を描いている自覚はあります。一方で、悲劇に涙を流すことによってだれかが癒されることを願って描いているのも事実です。
――現実の世界でも、私たちが目の当たりにしていないところで、悲劇は常に起こっているわけです。
吟 社会的評価の高い男性と、この世界では差別的な立場に置かれている女の子の物語を描いているわけですが。差別的な事柄は世の中にたくさん起きていて、みなさんの心の中にどこかひっかかっているのではないかなと。
――作中、「社会的評価」「社会的価値」という言葉で、制度で人をはかるシーンにドキッとすることがあります。たぶんそれは、私がリアルの世界のなかで実感することがありながら、使うことを避けている言葉だからなのでしょう。
吟 私自身、日頃それについて直接的な意見を言いたいとは思っていないのですが、おとぎ話のなかでは言及してみたいと思ったのかもしれないですね。あくまで、ふんわりとしたかたちですが。
読者に心地よく物語を受け取ってもらうための数々の工夫
――当初は「大人にならないエリートたちの物語」といったジュブナイル的なムードのSFなのかなと思っていたのですが、巻が進むにつれてより物語が重層的になってきました。物語の軸となるのはどのような事柄なのでしょうか。
吟 根幹となるのは……現在、まだ表に出ていない設定なので。
――まだ表に出ていない設定があるんですか?
吟 SFっていうのはびっくりさせてこそですから(笑)。まだびっくりさせるところまで行ってないと思います。たくさんびっくりしていただくために描いています。
――では、気を抜かずに続きを待ってます!
吟 この作品は年代記のつもりで描いているんですよ。年代記って、SFではわりとスタンダードな形なんですね。冒頭は祇園さんが16歳の時代で、次はジジちゃんが8歳の時代。それからジジちゃんが10歳、12歳と……時代を飛ばしていって、その間は読者さんに埋めていただくという描き方です。
――あ、そこはアラタたちではなく、ダフネーが軸になっているんですね。
吟 昨今「ストーリー不在の時代」という言葉をよく耳にするようになりました。魅力的なキャラクターがあって設定がありさえすれば、読者さんが想像をふくらませて自分なりに物語を受け取っていくという読まれ方が主流で。私はそれも嫌いではないです。なので、私は長いストーリーの切り取りを行うことで、その「間」を読者さんが想像する楽しみを持っていただけたらと考えたんです。それで、2年間くらいで物語をスキップしていっています。
――キャラクターを「ベタ」につくることも、そこでまた活きてきますね。
吟 『アンの世界地図』を描いた時に気づいたことがあります。これは不遇に育ち、お母さんとうまくいかなかった女の子の物語ですけれど、「自分はアンのような育ち方をしていないから内容がわからない」というご意見が一定数あったんです。幸せな家庭で育ったから、何が起きているか理解できないと。逆にアンに共鳴するような経験をしたことのある方からはすごく支持されたんです。なので、『アン地図』の次の作品では主人公たちは幸福な子どもであるという前提から始め、その子たちが深く傷ついたところから物語を描こうと思ったんです。
――すべての人に、伝わりやすくするための方法論ですか!
吟 『アン地図』に共感できなかった読者さんに向けて、描き方を考えた結果ですね。幸福な子どもがひどく傷つく事件が起きて、それを吞みこみながら大人になっていく努力をし……。その子たちをさらに悲劇が襲っていきますが、傷つくなかで感性はより豊かになっていくことを描いていきたいと思います。読者さんが読んでいくなかで、この世のなかにはいろいろ傷ついた人たちがいて……、その人たちに心を重ねることができる、そんな作品になれたら素敵だなと思っています。
取材・構成:粟生こずえ
■次回予告
次回のインタビューでは、吟鳥子先生の幼少期や学生時代のお話、さらには漫画家と「二足のわらじ」でやっていた意外な職業が明らかに! 『きみを死なせないための物語』のルーツがわかるかも!?
インタビュー第2弾は10月23日(火)公開予定です! お楽しみに!