人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、吟鳥子先生!
「ねえ ひいばあちゃん 俺たちの物語は……―― 遠くへ…… どこまで遠くへ 行けるだろうか」
宝島社『このマンガがすごい!2018』オンナ編の第7位にランクインした『きみを死なせないための物語(ストーリア)』(作画協力:中澤泉汰)。人類が地球に住めなくなった未来を舞台に、進化した人類と旧人類、奇病、完全管理化された世界の秩序など、本格的な遺伝子SFとしてマンガファンに注目を集めています。
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本作を手がけるのは『アンの世界地図 ~It’s a small world~』の吟鳥子先生! 現代の徳島を舞台とした前作とは打って変わったテーマだが、その物語の誕生にはどんな秘密が? 今回、吟鳥子先生に本作の制作秘話などのお話をうかがうことができました。
物語のベースは幼少期に考えられていた!?
――あらためまして、『このマンガがすごい!2018』オンナ編7位ランクイン、おめでとうございます。
吟 何かの賞や公の場でのランクインといったものにずっとご縁がなかったので、とても驚きました! うれしかったです。本当に光栄に思います!
――では、まず『きみを死なせないための物語』が生まれたきっかけからうかがっていきたいと思います。
吟 私は妹がいるんですが……。妹の寝かしつけのためにしていたおとぎ話がもとになっているんじゃないかと。この間妹が言ってたんです。「お姉ちゃんのコミックス、昔話してくれたお話だね」って。
――ええっ、そんなにさかのぼるんですか!?
吟 もちろん子どもの頃の話ですからこみ入った設定はなくて、「宇宙を旅する4人がいて、4人は超能力を持っていて……」くらいのたわいのない話なので原型というほどでもないですが。
――でも、妹さんがそうおっしゃったということは、近いイメージのお話だったんでしょうね。
吟 私は5歳くらいの頃からお話をたくさん書きためていて。そのなかのひとつなので、くわしいことは覚えていないんですけれど。
――前作の『アンの世界地図 ~It’s a small world~』が終わる頃から、本格的な構想を?
吟 いえ、もう『アン地図』の第2巻くらいの頃には企画書をつくっていました。常に並行していろんな話を考えているので。「ミステリーボニータ」以外の媒体も考えたのですが、今の担当さんは少女マンガとSFという組みあわせにとても理解があって前向きでいらっしゃったので……。少女マンガにすごく造詣が深い方ですし。
――SF作品となると、担当さんによって相性もありそうですよね。
吟 担当さんのお母様がとても少女マンガがお好きで、その薫陶(くんとう)を受けて育たれたそうなんです。お若いんですけれど。SF少女マンガって80年代~90年代に名作がたくさん生まれたんですけれど、その時代の少女マンガをとてもよくご存じで。それで、念願だった宇宙ものを描かせていただけることになりました。タイミング的にも、最近またSF人気がリバイバルしている感じがあって。
――ちょっと前までファンタジーが多かったですが、このところはSFものが増えてきていますよね。設定はどのように考えたのですか?
吟
ネオテニーそのものに興味を持ったのは、大学の進化生物学か何かの講義でした。「人類ネオテニー説」という学説があることを教授が余談として話されていて。1920年にL.ボルグという学者が唱えた学説で、人類は初期の類人猿のネオテニーから発生したのではないかとするものです。
人類はチンパンジーの子どもに非常によく似た特質を持っているそうなんです。ただし、チンパンジーは大人になる過程で形を大きく変える生きものです。類人猿の一部に子どもの形態のまま成人になるという遺伝子の変化が起き、人類へと進化していったという説。
それを聞いた時に、「じゃあ人類にもいつかネオテニーが生まれてまた新たな進化が起きるのかな」と思ったんです。
――そんな学術的な裏づけがあったと聞くと、よりワクワクしてきます! 本作は未来設定ですが、どこか現実と地続きで「こんな未来があるかも」と思いながら読んでいたのですが。パートナー制度の設定もそうです。
吟 パートナー制度については、SNSの文化から考え始めたと思います。人が人を限定してつきあうとか、相互フォローしあって会話をするとか、そうしたシステムのなかでいろんな人の気持ちが揺れ動くのを見ながら自然と考えていたんです。現実社会でパートナーシップ制度をとらなければ交流ができない、「FF(フォロー・フォロワー)外から失礼します」[注1]が不可能な世界を描いたらどうだろうと。SNS時代のみなさんの心の揺れに合致するのではないかなと思って取り入れました。
――まんまと合致して読んでいます(笑)。私たちは相手との距離をはかりながらどこまで立ち入ったことを話していいか判断しながら接していますが、そのさじ加減を間違うとトラブルになる。作中ではパートナー制度という法によってトラブルが避けられているのがおもしろくもあり、感銘を受けます。
吟 そのあたりが伝わっていてうれしいです。もう少し踏みこんだほうがわかりやすいかなと思って、4巻ではもうちょっとくわしく描いていますが。
――親友・キスできる・寝室をともにできる・生殖ができる……とパートナー制度が段階別に決められていて。お互いの合意のもとですから、昨今問題になりがちなセクハラ問題も起こらない!
吟 担当さんが、前にボヤいてことがあったんです。「ベルトコンベアでパートナーが来てくれて、つきあって結婚して……という自動的なシステムがあったら楽なのになあ」って(笑)。おもしろいな、これは若者の発想だなと。担当さんが20代の頃だったと思いますが。
――ほとんど近未来人ですね(笑)。
吟 親に結婚相手を決められてしまう時代が去り、自由に恋愛して結婚できるようになったわけですが、現代の若者はこんなふうに考えたりするのかと……時代の変遷を感じますね。担当さんはセクハラにも非常に敏感で、そういう姿を見ているうちに、これから先はよりハラスメントに厳しく、限定された人づきあいを求める未来があるのかもしれないと。
トラブルのない、スムーズな交流のあり方の未来形
――これまでに「恋愛が消滅した世界」や「恋愛が禁止された世界」、結婚相手を政府がマッチングするといった設定の物語は読んだことはありますが。
吟 そういう世界と現代の狭間みたいな感じですね。
――恋愛至上の時代が続いてきたなかでは、「恋愛できないのは人としてもったいない」みたいな見方もありますが、広い視点で見るとそう決めつけるのもおかしいですよね。すべては時代の流れで。そういえばかつては「友だちは多いほうがいい」といわれましたが、最近はそうでもないかも?
吟 「多いほどいい」ではなく、深く共有できる親友がひとりいればいい、というふうになってきている気がします。
――そういう考え方も表されているのかなと思いました。
吟 言われてみると、そうかもしれないですね。
担当編集 かぎられた場所、かぎられた人口でも、嫌いな人と顔を合わせないといけない。「パートナー制度」は、そのなかでうまくやっていくための知恵であるとおっしゃってましたよね。
吟 ブロックが可能な社会ですね。
――決して出会える人が少ないわけではない。
吟 ブロックができるから嫌いな人とは接触しなくてよく、ストーカー対策にもなっているんですね。ただどこにでも監視カメラがあるので全人類がストーカーみたいでもある。触れあわなくても見たいという欲望があると思うんです。逆にいうと見ていれば満足するという世界もあるんじゃないかと。
――話しかけずに“ロムっている”[注2]状態ですね。
吟 そういうことです。
担当編集 ディストピアとも言えないし、ユートピアとも言えないんですよね。
吟 「何がよくてこんな社会ができたんだろう」とおっしゃる方が多いのですが、一部には「こんな社会だったら居心地がいいのに」とおっしゃる方もいて。契約してつきあう範囲が決まるのは気が楽、このほうがストレスなく暮らせるというご意見もありますね。
――この人ともうちょっと立ち入った話がしたいなと思って、相手も了承すれば新たに友だちを増やせたりするわけで。そこはすごく実用的だなと思って読んでいました。「不自由な管理社会」ではなくて、けっこう自由度がある!
- 注1 「FF外から失礼します」 TwitterなどのSNSで、相互フォローではない他人のアカウントにコメントする際に配慮した挨拶のフレーズ。
- 注2 “ロムっている” 「Read Only Member」。ネット上の会話などに参加せず、読むだけの人のこと。