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梅田阿比『クジラの子らは砂上に歌う』インタビュー【後編】人間の形をしているのに生きてないってなんだろう?

2015/02/02


感情を持つ人間と持たない人間がいることこそ物語のキー

――なるほど。そういう行事や風習も誰が作ったかわからない、なんか残ってるもので、時代や場所を超えて……魅了されるものがあるのかも。ところで、話は変わりますが、梅田先生は人形づくりが趣味だそうで。

梅田 そうなんです。いわゆる球体関節人形なんですけど、気持ち悪いですよ~。精神的にけっこう持っていかれるので、マンガと同時にはできないので最近はやってないんですけど。
もともと天野可淡さん[注3]の人形の写真を雑誌で見て、ひとめ惚れして。似たようなものが欲しいと思ったんだけど高い……なので、だったら作ろうかなって。本格的なものにかぎらず、人形っぽいというか、人を型どったものが好きなんです。飛び出し坊やとか案山子みたいなものも含めて。哀愁を感じるというか、人間のかわりにがんばってくれてるんだーって。

――『クジラ~』には「人形(アパトイア)」って、魂を取られて感情を失ったという設定の者たちが登場しますよね。これってまさに、先生が人形に感じる哀愁みたいな。

人形(アパトイア)とは魂形(ヌース)と呼ばれる生き物に感情を食べられ心をなくした者のこと。出会ったばかりのリコスも感情がほとんどなかった。

人形(アパトイア)とは魂形(ヌース)と呼ばれる生き物に感情を食べられ心をなくした者のこと。出会ったばかりのリコスも感情がほとんどなかった。

梅田 そうですね。人間のかたちをしているのに生きてないってなんだろう? って思うと、魂とか感情がある・ないの違いかなって。たまに感情がなかったらラクかなと思う時があって、でも、やっぱりそうじゃないと思う気持ちもあって、そのせめぎあいみたいなのは自分のなかでもあるかも。

――先ほども話に出ましたが、「感情」は泥クジラの世界の謎を解くキーワードでもありますよね。

梅田 そうですね、感情を持つ人間と持たない人間がいるという設定で、この世界がなんで揉めてるかっていうキーもそこにあります。これ以上はあんまり話せないんですけど(笑)。

3巻の表紙カラーイラスト。矢の刺さった人形と射すくめるようなまなざしのオウニが意味深。

3巻の表紙カラーイラスト。矢の刺さった人形と射すくめるようなまなざしのオウニが意味深。

――そうですね(笑)。では、話を変えて。漫画家になる前は、保育士として働いていたこともあると聞いたんですが……。

梅田 保育士ではなく、学童保育所のアルバイトの指導員ですね。もともと漫画家になりたくて、大学生の時に、いざ原稿を描いて投稿しようと思ったら全然描けなくて。
たぶん技術的なものというより、自分の世界が狭すぎたんですね。人と揉めるのが苦手で、新しいことをするのも怖かったりで、もっと世界を広げなきゃダメだと思って。アルバイトするにしてもドラマがあるところがいいなって。

――たしかに子どもってむき出しだし、ドラマチックというか、日々なんか事件が起こってそうですよね(笑)。

梅田 そうそう、いつも本気で、感情的にも身体的にもぶつかりあいがすごい。もちろん、子どもはキャラクターじゃないし、具体的にはマンガとは関係ないんですけど、そこを見ることができたことで、自分のなかで人間が本気で怒ったり泣いたりしてるようなシーンが描けるようになったんです。

物静かな印象だったチャクロが感情を爆発させるシーン。覚悟を決めたチャクロの涙の訴えは読者の心を打つ。

物静かな印象だったチャクロが感情を爆発させるシーン。覚悟を決めたチャクロの涙の訴えは読者の心を打つ。

――『クジラ~』では、キャラクターのなかでも特に子どもたちの表情がいきいきと描かれてるのが印象的なんですが、それは保育所での経験があるのかもしれませんね。
ところで、先生が漫画家を目指されたきっかけとなった作品とかってあります?

梅田 じつはマンガはそれほど読んではいないんですけど、影響を受けたのは手塚治虫先生かな。父が手塚先生の大人向けのマンガを持ってて、小学生の時に『ブッダ』とか『アドルフに告ぐ』とか何回も読んでて、ほとんど刷り込まれてる感じですね。あの丸っこくてかわいいけど、なんか色っぽい絵も好きで。

――コマが小さくて情報量がギュウギュウに詰まってるところも似てるかも(笑)。『クジラ~』の古典文芸な感じは、そこにルーツがあるのかもしれませんね。

梅田 マンガではないんですけど、『クジラ~』にいちばん影響が出てるのは、恩田陸さんの『光の帝国』[注4]って小説ですね。超能力を持ちながらも権力を嫌って、ひっそりと暮らしてる一族の話で、ファンタジーなんだけど妙な現実味があって、ノスタルジックで切ない世界観がいいんです。

――お話を伺ってると「切なさ」は、梅田先生の最重要テーマですよね。

梅田 そうですね。「切ない世界観好き」ってことでは、たぶん小学生の低学年の時に読んだ『かたあしだちょうのエルフ』[注5]っていう絵本が原点かも。仲間を守るためライオンと闘って、片足を失ったリーダー格のだちょうが、なんとなく忘れられて、それでも再び仲間のために闘って、最後は大きな木になってみんなを見守るっていう……。
それまで読んでた本は「いいことしたらいいことがあるよ」というお話ばっかりだったから、すごくショックで。不条理を感じたけど、読後感は切なくてやさしいんです。

「切なさ」に心ひかれる原点になったという『かたあしだちょうのエルフ』。幼少期に読んで強く印象に残っている方も多いのでは?

「切なさ」に心ひかれる原点になったという『かたあしだちょうのエルフ』。幼少期に読んで強く印象に残っている方も多いのでは?

――では最後に、気になる『クジラ~』の今後について。

見せて頂いたキャラクターのデザイン案のなかに新キャラが! 絶対に敵っぽいし強そうだし……気になる~!!

見せて頂いたキャラクターのデザイン案のなかに新キャラが! 絶対に敵っぽいし強そうだし……気になる~!!

――え~! 3巻の最後の時点では、あれを乗り越えて収束に向かうのかなとも思ったんですが、まさかの新展開?

梅田 そうですね。伏線張ってるところはどんどん回収しつつ、闘いとはまた違うアプローチの新しい世界に。
そこに行くことで泥クジラの成り立ちや起源も明らかになっていくんですけど、そのキーとなるのが、この砂時計で…。あんまり多くは語れないんですけど、泥クジラの世界観に惹かれて読んでくださってる方には、さらに広い、見たことのない世界をお見せできるかと思います。

この砂時計がキー…。見たことのない世界なんて早く知りたい!

この砂時計がキー…。見たことのない世界なんて早く知りたい!

――じゃあ、まだ当分はこの泥クジラの世界を見守れるということで、うれしいです。4巻以降も楽しみにしてます!


  • 注3 天野可淡さん 女性人形作家。1953年~1990年11月1日。耽美的な球体関節人形作品で知ら熱狂的なファンを持つが、作品の多くが散逸してしまっている。写真集に『KATAN DOLL』など。
  • 注4 『光の帝国』 特殊能力を持つ「常野」の人々を描いた小説家・恩田陸の小説シリーズ『常野物語』のなかの1作。ほかに『蒲公英草紙』『エンド・ゲーム』がある。『光の帝国』は2001年12月に前田愛主演でテレビドラマ化もされている。
  • 注5 『かたあしだちょうのエルフ』小野木学作・画の傑作絵本。その切ないストーリーは子どもだけでなく大人の読者の心も揺さぶる。作者によると、草原に生えるバオバブの木の写真からインスピレーションを受け作品が誕生したという。

取材・構成:井口啓子
撮影:辺見真也

単行本情報

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