マンガ王国・岡山に育まれる
――大谷先生はどういうマンガを読んで、影響を受けてきましたか?
4086188104大谷 小さい頃に好きだったのは「別冊マーガレット」(集英社)と「別冊フレンド」(講談社)です。完全に少女マンガで育ちました。
小学生の頃はあんまりマンガを買ってもらえなかったんですけど、中学生になってからは姉と共同で「別マ」を買い始めました。ちょうどその時に連載が始まったのが『恋愛カタログ』(永田正実)[注5]です。
ほかには『まっすぐにいこう』(きら)[注6]とか『降っても晴れても』(藤村真理)[注7]。このへんの作品や、あと片岡吉乃先生[注8]の作品は今でも大好きです。
「別フレ」ですと上田美和先生[注9]、それから池田理美先生の『ぐるぐるポンちゃん』[注10]。
あと……あ! けっこう影響を受けたのは惣領冬実先生の『MARS』[注11]です!
――惣領先生ですか。
大谷 姉がすごく好きで、よく「零(『MARS』の登場人物)を模写して」って言われたので、かなり模写しましたよ。
――大谷先生の絵柄とはだいぶ違いますよね?
大谷 そうですね。惣領先生は絵がうますぎます。男の色気がすごいし、女の子もかわいい。自分にはこんな美しい絵は一生描けないだろうな、という高い憧れのところにいらっしゃるのが惣領先生です。
――では漫画家をめざすようになったきっかけとしては、惣領先生の影響が大きい?
大谷 めちゃくちゃ大きいですよ。あんなふうに絵がうまい人になりたい、と最初に強く思ったのは惣領先生です。
なにかの本で読んだんですけど、惣領先生は「絵がうまくなるには馬を描け」と言われたそうで、そのせいか私も「動物と老人が上手に描けるようになれば絵がうまくなる」と思ってます。
――では少年マンガは、まったく読まず?
大谷 読むようになったのは高校に入ってからです。小畑健先生の『あやつり左近』[注釈12]とか好きでした。あと荒木飛呂彦先生の『ジョジョの奇妙な冒険』! 岸辺露伴[注13]が理想の漫画家です。探求心が強すぎて、クモを食べちゃうような……。
――先生、金魚食べてないですよね?
大谷 食べてません(笑)。
――模写はされていたようですが、初めてマンガを描いたのはいつですか?
大谷 中学3年の時に投稿したのが、初めて描いた作品です。高校に入る直前の春休みに描いて、「別マ」に投稿しました。
――「別フレ」ではなく「別マ」。
大谷 「別マ」は投稿規定が16ページだったんです。16なら描けるかな、と思って。それがA賞に入りました。A、B、C賞は賞金が出ないやつで、Aの上が努力賞。
――でも初作品が入賞するのはスゴイじゃないですか。
大谷 それで高校はデザイン科に入ったんですけど、部活とバイトと課題で忙殺され、まったくマンガは描いてませんでした。でも、実習室で隣の席になった子が、「少女コミック」と「マーガレット」で担当さんがついていたんです。
――すごい偶然ですね。
大谷 その子は、今ではマンガを辞めているんですけど、ほかにもクラスにマンガを描く子がけっこういたんです。だから「マンガをやらなきゃ」という意識は常にありました。学校の先輩にも、けっこう漫画家がいるんですよ。
――たとえば?
大谷 ずいぶん上だと、寺田克也先生[注14]。学校の先生は「寺田君は虎を描くのがうまかった」っておっしゃってました。
――やっぱり動物なのか!
大谷 そう、やっぱり動物なんですね(笑)。それで私より少し上に、学科は違いましたけど、矢吹健太朗先生[注15]がいます。
――『To LOVEる』の。
大谷 そうです。母校以外でも岡山県出身の漫画家は多くて、一条ゆかり先生[注16]、いしいひさいち先生[注17]、『NARUTO』の岸本斉史先生、『保健室の死神』の藍本松先生[注18]、『ワールドトリガー』の葦原大介先生[注19]もそうです。
あと備前焼マンガの『ハルカの陶』[注20]という作品も、地元出身で地場産業を題材にしているとのことで、学校の前の本屋さんでプッシュされてました。
――すごいですね、岡山ってマンガ王国じゃないですか!
大谷 芸大がないから、みんな京都に出ちゃうんです。もっと岡山県もそこをアピールして芸大や専門学校を作ればいいのに。
――なんでそんなに多くの漫画家が出るんでしょうね?
大谷 うーん、テレビ東京系列があってアニメをたくさん見られるから……ですかね?
――変な聞きかたになりますが、周囲がそうだと漫画家には「なれる」と思っていませんでした?
大谷 思ってました。なにもしていないのに、なれるものだと思っていました。
――御三家と呼ばれるような進学校に行ってたら東大を受験するのが当然、みたいな感覚ですよね。
大谷 ああ、なるほど(笑)。
たしかに周囲のおかげで、意識の底上げをされたと思います。そういう意味では、私はかなり運がいいんでしょうね。
――ではマンガを再開したのは?
大谷 高校を卒業して、大学に入る前の春休みです。また16ページものを描いて、その作品で「別マ」でデビューさせてもらいました。
この時、月替わりの講評の先生はいくえみ綾先生[注21]だったんです。私は「別マ」でいくえみ先生の『I LOVE HER』[注22]がめちゃくちゃ大好きで憧れの存在だったので、そういう先生に見てもらえたのがうれしかったです。
やっぱり運がよすぎますよね、そんなにたくさん投稿したわけでもないのにデビューできたわけですから。集英社さんには感謝してます。
――じゃあアシスタントに入った経験はゼロですか?
大谷 いえ、『悪魔で候』とか『紅色HERO』の高梨みつば先生[注23]と担当さんが一緒だったので、勉強させてもらいました。
その時はまだ私は岡山だったんですけど、神奈川まで呼んでくれたんですよ。速さを買ってくれて、ピンチの時に呼んでくれました。あとは友だちのところで……。
――え、友だち?
大谷 高校の同級生です。大賀浅木さん[注24]といって、「月刊少年ジャンプ」(集英社)でデビューして、「ジャンプSQ.」で『戦国BASARA3』のコミカライズを描いていた方なんですけど、そこで少年マンガの技法とか、集中線とか迫力の出しかた、アングルなんかを教えてもらいました。
――その方も同じクラスなんですか?
大谷 そうです。同じクラスで3人が集英社さんからデビューしているんですよ。
――やっぱり特殊な環境だと思います。ちなみに『すくってごらん』執筆時には、取材以外にも資料を集めたと思いますが?
大谷 5〜6冊くらいかな?
そもそも金魚関係の本が少ないので、それくらいです。でも、写真がメインで、内容も養殖系が多いですね。「金魚すくい」メインの本、ってないんですよ。まあ、『すくってごらん』がそうなればいいんですけどね。
――じゃあ執筆中にいちばん影響を受けた作品はなんでしょう? 小説でもマンガでも映画でも、なんでもいいんですが……。
大谷 立川談春さん[注25]の自伝『赤めだか』です。すごくおもしろくって、1日で読んじゃいました。そのあとも枕元に置いておいて、パラパラめくるようなくらい。
――落語、お好きなんですか?
大谷 落語自体は全然くわしくないんですけど、文字で読んだり、想像するのは好きです。ラジオで爆笑問題の太田光さんとか高田文夫先生が、よく立川談志さんの話をしますしね。この前の『大改造!! 劇的ビフォーアフター』[注26]もおもしろかったです。
――『赤めだか』は、どういったところがおもしろかったですか?
大谷 あれを頭のなかで動かしたら、完全に少年マンガなんですよ。少年の成長記というか。ズルもするし、でも憎めないし。ああいう話が描けたらいいなぁ、と思いました。
――もともとは「en-taxi」[注27]に連載されたエッセイで、それを1冊にまとめた本です。とはいっても、ただのエッセイ集ではなく、全編を貫くテーマがあるんですよね。
大谷 そうなんですよ、目標に向かっていく部分が。そのなかでは途中で脱落していく人もいて……。才能があるだけではやっていけない世界なんでしょうね。
それはマンガの世界にも置き換えられることで、すごく絵が描けて才能のある子でも、いろいろな理由で辞めざるを得ない場合もある。運とか巡り合わせもある。今度ドラマ化するそうですが[注28]、絶対マンガ化してほしいなぁ。
気になる次回作の構想は……?
――さて、『すくってごらん』は「BE・LOVE」の2015年2号で最終回を迎えました。今は終わってどれくらいの時期でしょう(取材日は1月下旬)?
大谷 原稿が終わって1カ月ぐらいです。
――ひと息ついている感じですか?
大谷 つきまくって、神社仏閣巡りをしています(笑)。
――当初予定していた内容は描けました?
大谷 そうですね、最低限は描けたつもりです。ああしておけばよかった、こうしておけばよかった、という思いもありますけど。金魚を絡めたエピソードで番外編的な話は描いてみたいな、って思います。
――では気になる次回作ですが。
大谷 まだ「BE・LOVE」さんとは、これから打ち合わせをさせていただく感じです。
――ご自身では「こういうのを描きたい!」というのはあるんですか?
大谷 なんでもやってみたいです。今けっこう悩んでいるんですよね。いろいろと手を出しすぎて中途半端に終わるのもイヤだし……。そうですねぇ、原点に戻って少女マンガをやってみたいです。いや、まだ全然決まってませんけどね。
――次回作、期待してます!
- 注5 『恋愛カタログ』 永田正実による少女マンガ。高校生男女の恋愛を等身大で描く。1994年から2007年にかけて「別冊マーガレット」にて連載され、同誌2013年11月号に6年ぶりの読み切りが掲載され話題となった。
- 注6 『まっすぐにいこう』 きらによる少女マンガ。1991年に「ザ マーガレット」(集英社)に発表された読み切り作品が最初で、当時、高校3年生だった作者のデビュー作。その後、1993年11月から「別冊マーガレット」にて連載された。人間と犬が織りなす青春ストーリーで、ヒロインの飼い犬マメタロウ視点が斬新でおもしろい。
- 注7 『降っても晴れても』 藤村真理による女の子の友情を描いた少女マンガ。1993年12月から1995年5月にかけ「別冊マーガレット」にて連載された。『きょうは会社を休みます。』とともに作者の代表作のひとつ。
- 注8 片岡吉乃 少女マンガ家。代表作は『クール・ガイ』『天然同盟』『蝶々のキス』など。主に「別冊マーガレット」で活躍した。
- 注9 上田美和 少女マンガ家。1958年に「桃色媚薬」でデビュー。以後、「別冊フレンド」を中心に活躍。代表作に『ピーチガール』『パピヨン-花と蝶-』など。『ピーチガール』はテレビアニメ化され、台湾ではドラマ化もされた。
- 注10 『ぐるぐるポンちゃん』 池沢理美による少女に変身できる犬が巻き起こすラブコメディ。1998年から2000年まで「別冊フレンド」(講談社)にて連載、作者の代表作。
- 注11 『MARS』 1996年から2000年にかけて「別冊フレンド」(講談社)に掲載された惣領冬実の作品。主人公・麻生キラと、バイクレーサー・樫野零の純愛ラブストーリー。『戰神 MARS』のタイトルで、2004年に台湾でテレビドラマ化された。
- 注12 『あやつり左近』 正式名称は『人形草紙あやつり左近』。原作・原案は写楽麿、作画は小畑健。1995年から1996年にかけ「週刊少年ジャンプ」(集英社)にて連載された。人形遣いの橘左近と左近が操る童人形の左近、異色コンビが難事件を解決していくサスペンスストーリー。テレビアニメ化もされた。
- 注13 岸辺露伴 荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部に登場するキャラクター。マンガのためならあらゆる犠牲もいとわない変わり者の人気漫画家。スタンドは「ヘブンズ・ドアー」。作中でも屈指の人気キャラクターで、数々のスピンアウト作品にも登場する。「だが断る」の名セリフは超有名。
- 注14 寺田克也 イラストレーター、漫画家。ゲームのキャラクターデザインや小説の挿絵など、幅広い分野で活躍する。
- 注15 矢吹健太朗 主に「週刊少年ジャンプ」で活躍する漫画家。デビュー当時は現役高校生で、18歳という若さで初連載、代表作は『BLACK CAT』『To LOVEる -とらぶる-シリーズ』など。
- 注16 一条ゆかり 日本を代表する少女漫画家のひとり。代表作は『有閑倶楽部』『砂の城』『プライド』『デザイナー』など多数。テレビアニメ化、ドラマ化された作品も多い。
- 注17 いしいひさいち 『がんばれ!!タブチくん!!』『おじゃまんが山田くん』『ののちゃん』などで有名な4コママンガ家。
- 注18 藍本松 漫画家。2005年に『花咲か姫』が「赤マルジャンプ」に掲載されデビュー。代表作は学園ホラーコメディ『保健室の死神』。
- 注19 葦原大介 岡山育ちの漫画家。生まれは東京。2008年に「ROOM303」が「週刊少年ジャンプ」(集英社)に掲載されデビュー。代表作はテレビアニメ化もされたバトルマンガ『ワールドトリガー』。
- 注20 『ハルカの陶』 原作:ディスク・ふらい、作画:西崎泰正の作品。「週刊漫画TIMES」(芳文社)にて連載された。OLが備前焼の魅力に目覚め、弟子入りするストーリー。
- 注21 いくえみ綾 少女マンガ家。1979年に『マギー』が「別冊マーガレット」(集英社)に掲載されデビュー。代表作は2013年に実写映画化もされた『潔く柔く』や『バラ色の明日』など多数。男性キャラクターは女性読者から「いくえみ男子」と呼ばれ大人気。
- 注22 『I LOVE HER』 いくえみ綾の代表作のひとつ。1993年から1994年にかけ「別冊マーガレット」にて連載された、主人公の女子高生と担任教師の胸キュンラブストーリー。
- 注23 高梨みつば 少女マンガ家。17歳の時に「別冊マーガレット」にてデビュー。代表作は『悪魔で候』など。現在、『スミカスミレ』を『Cocohana』(集英社)にて連載中。
- 注24 大賀浅木 現在はホーム社のWEBサイト「ぷら@ほ~む」にて、石ノ森章太郎の『変身忍者嵐』のリ・イメージ作品『変身忍者嵐 SHADOW STORM』を連載中。
- 注25 立川談春 落語立川流の落語家。1997年に真打ち昇進。「今もっともチケットが取れない落語家」と称される人気落語家。落語家前座生活を綴った自伝エッセイ『赤めだか』で2008年に第24回講談社エッセイ賞を受賞。
- 注26 テレビ朝日系列で放映中のテレビ番組『大改造!! ビフォーアフター SEASONⅡ』の2014年11月30日と2015年1月11日放送回。2011年になくなった立川談志の練馬の旧居をリフォームする企画。
- 注27 「en-taxi」 扶桑社が発行する演芸雑誌。リリー・フランキーの『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』が連載されていたことでも有名。
- 注28 ドラマ化 TBSの2015年度大型スペシャルドラマとして『赤めだか』が放送予定。立川談春を嵐の二宮和也が、師匠の立川談志をビートたけしが演じる。
取材・構成:加山竜司