ほのぼのしたやわらかいタッチとリアルな生活感で、「戦争マンガ」ながら幅広い読者の注目を集める『あとかたの街』。
3巻発売直前、いよいよ戦争の暗い影が主人公・あいのすぐそばに迫り、ますます目が離せない展開に。 今後の展開はどうなるのか!? はもとより、おざわ先生の漫画家としてのルーツにも迫っていく後編インタビュー、スタートです。
ジャンルは幅広くても発想方法はひとつ
――おざわ先生は、デビューがかなり早いんですよね?
おざわ そうですね、高校生の時にデビューして、その時は「ぶ〜け」(集英社)[注1]で描いてました。そこでしばらくやっていたんですけど、なかなか伸びなくて、20代になってから「mimi」(講談社)[注2]で描くようになりました。女性向けの恋愛中心な雑誌で、吉田まゆみさん[注3]とかがメインで描かれてましたね。当時は商業誌では恋愛モノを描いて、コミティア[注4]などで出す同人誌では好きにやらせてもらっている感じでした。
――ご自分のなかでバランスを取っていたのでしょうか?
おざわ そういう部分はあると思います。コミティアはなんでも試せる場ですからね。どのジャンルまでできるかチャレンジする、みたいなところはありました。ファンタジーをやったことがないからやってみよう、ガッツリとした恋愛モノはまだだからやってみよう、とか。いろいろチャレンジしましたけど、できあがったものは自分の作品だな、という仕上がりでした。
――いちばんお好きなジャンルはなんでしょう?
おざわ あまりこだわりはありません。その人の生活とか生き様みたいなものを、できるだけ原稿に写し取りたい、という気持ちが強いです。「この人、ちょっと変わった境遇にいるけど、意外と日常は普通なのかも?」とか、そういった出発点からはじまって話を想像していくのが楽しいです。
――では発想方法としては、設定があって、その次にキャラクターがくるんですね。
おざわ 私の場合は完全にそうです。キャラクターは物語に付随します。キャラありき、ではないんですね。物語ありきでキャラを作る。それで設定に合わせて、入れ替わりでキャラクターを登場させたり、こちらを引っ込めたり……ってやるのが好きです。だからキャラクターを使ったスピンオフとかは、私に関してはないですね。その話が終わったら、そのキャラクターの人生も完結するような話が好きです。
『あとかたの街』にも!?大好きだった手塚マンガからの影響
――『あとかたの街』を読んでいると、いつか誰か死ぬんじゃないか、っていうドキドキがずっとあるんですよね。
おざわ あまり無意味に殺したくはないですけどね(笑)。ただ、否が応にも死んでしまうことはある時代ですから。私、ドラマ『カーネーション』[注5]が大好きなんです。
――NHK朝の連続テレビ小説の。
おざわ 全話録画したくらい好きなんです。あのドラマだと、知り合いがみんな出征しちゃうんですよ。ご主人も幼なじみも、憧れのお兄ちゃんも、みんな出征していく。だけど、誰ひとりとして帰ってこない。そんな朝ドラ、今までありませんでした。ただ、あれは実話に基づいた作品ですし、実際に当時はそういうことは往々にして起こったわけです。そういった冷淡な部分がキッチリと描かれていたので好きなんです。
――ドラマとかマンガを見ていて、どういうところが気になりますか?
おざわ やはり「これはネームがすごくない?」っていうふうに見るクセがついてます。いいセリフがあると「すごいなぁ」と思ってしまうので、まわりの評判が芳しくない作品でも、「このセリフがすごいから私は好き」となります。今、放映しているのだと、『問題のあるレストラン』[注6]とかは、セリフひとつひとつが生きていて、力があるので好きですね。
――やはり同業者の目線で見てしまうわけですね。いちばん影響を受けた作品となると、なんでしょう?
おざわ うーん、たくさんありすぎて……。最近ですと、『空想郵便局』などを描かれた朝陽昇さん[注7]が好きですけど、影響を受けたという点では手塚作品じゃないかと思います。中学時代に漫研でありとあらゆる手塚作品を読みました。いまだに、描いていて「ああ、これは手塚先生の影響だな」と思うことはありますよ。
――たとえばどこでしょう?
おざわ 同じようなコマが並んでいて、人だけが動いているところとか。焼夷弾が落ちたシーンもそうですね。定点でものが動くと、すごくわかりやすいんです。状況や場所が同じで、どう変わっていくかを見せる方法は手塚先生の影響です。上のコマでは、爆発した直後なので、爆弾のかたちがわずかに残っているんです。
――下のコマと見比べると、どの立ち位置にいる人が、どの方向に吹き飛んでいるかがわかります。
おざわ 先ほど言った(インタビュー前編を参照)、全滅のシーンです。
――ここ、主人公がいる鋲版工場と、三菱発動機大幸工場のシーンが交互に描かれますね。それまでずっと主人公の目線や、その周辺での出来事が中心だったのに、いきなり知らない女の子が出てくる。すごく早いタイミングで場面が何度も切り替わるなかで空襲が起こるので、ボンヤリ読んでいると「あっ、主人公が!?」とミスリードされてしまいます。この場面転換の手法は、手塚っぽいなと感じました。
おざわ ここの描きかたは、そうしようと自分で決めていました。先ほど申し上げたように、ここに全滅した人たちがいる、という描写を入れたかったんですが、主人公が空襲の現場を実際に見にいくのは不自然ですよね。やはり現場にいる人の描写を入れたいな、と思ったので。
――私の祖父は豊川の工場で勤務し、空襲を受ける前に出征しました。出征したから、むしろ空襲を免れたクチです。助かった人と全滅した人たちに差はなくて、本当に偶然だったりしますよね。
おざわ 紙一重です。そういうこと(全滅)は、起こりうる時代ですからね。
- 注1 「ぶ~け」 集英社が発行していた女性向けマンガ雑誌。2000年に休刊。『純情クレイジーフルーツ』(松苗あけみ)や、『永遠の野原』(逢坂みえこ)などが掲載されていた。
- 注2 「mimi」 講談社が発行していた女性向けマンガ雑誌。1996年に休刊。『あさきゆめみし』(大和和紀)、『白鳥麗子でございます!』(鈴木由美子)、『アイドルを探せ』(吉田まゆみ)などが掲載されていた。
- 注3 吉田まゆみ 少女マンガ家。代表作に、菊池桃子主演で映画化もされた『アイドルを探せ』や『年下のあンちくしょう』『レモン白書』など。
- 注4 コミティア COMITIA。コミティア実行委員会が主催する同人誌即売会で、1年に4回開催される。オリジナルの創作物限定のイベントで、コミケなどとは異なり、2次創作物の頒布は禁止されている。現在は東京国際展示場(東京ビッグサイト)の東ホールで開催され、約3000サークルが参加。
- 注5 『カーネーション』 2011年にNHKで放映された朝の連続テレビ小説。ファッションデザイナーの「コシノ三姉妹(コシノヒロコ、ジュンコ、ミチコ)の母・小篠綾子の生涯をモデルにした作品。主人公を尾野真千子が演じて(晩年は夏木マリ)非常に高い評価を得て、各賞を総なめにした。
- 注6 『問題のあるレストラン』 2015年1月15日からフジテレビ系「木曜劇場」枠で放送されていたドラマ。脚本は坂元裕二、主演は真木よう子。問題を抱える女性たちとゲイによるビストロレストランを開店し、男社会で理不尽な目に遭ってきた主人公がライバルの男たちに挑むストーリー。
- 注7 朝陽昇さん 漫画家。代表作の『空想郵便局』は、「奇跡」を配達することになった普通の高校生によるハートウォーミングストーリー。最新作は『三人娘は笑うて暮らす』(IKKI COMIX)。