デビューから一貫して 恋愛マンガを描き続ける理由
――デビュー以来、30年以上にわたって、一貫して「恋愛マンガ」を描かれてきた先生ですが、それはなぜなのでしょう? 当時、一緒に活躍されていた少女漫画家さんのなかには、年齢とともに歴史モノとかミステリーとか、ほかのジャンルに移行されていった方も少なくないですが。
いくえみ 恋愛マンガを描くのが、手っとり早くて簡単だったんです。「別冊マーガレット」だったし。そして、他のジャンルは描けないんです。専門知識もないし。
――ずばり「恋愛マンガ」の魅力とはなんでしょうか? イチ読者として、そして物語を生み出す創作者として、それぞれの視点からお答えいただければ。
いくえみ くらもちふさこ先生[注2]の描かれる男の子に、今も昔もうっとりしているわけですが、物語で疑似恋愛というのをあまり脳内体験したことがなく、描いてても読んでても、それは変わりません。なので、この人とこの人がどういう紆余曲折を経てくっつくのか、あるいはくっつかないのか。物語の興味として、読んだり描いたりしています。着地がすばらしいと読んでいてもうれしいし、ネームでうまく着地できた時も、それはそれはうれしいです。
――30年以上にわたって、常に第一線で少女マンガを描き続けるということ自体、驚異的だと思うんですが、描かれている作品がまたちゃんと「今っぽい」ことにも驚かされます。『あなたのことは~』はアラサー世代ですが、ほかだと高校生が主人公だったりしますよね。でも、ファッションしかり、言葉づかいしかり、決してベタベタの流行をとりいれるわけでもなく、じつにリアルでさりげない。
いくえみ 不安になって若い姪っ子とかに言葉づかいを聞いたこともありますが、基本的にリサーチなどはしませんね。とりあえず、テレビとかネットとかで普通に今、聞こえてくる言葉や自分の使う言葉で描いている感じですね。
――時代性みたいなことでいえば、恋愛に流行もなにもないとは思いますが、携帯とかLINEとかコミュニケーションの方法みたいなものはどんどん変わっていってるし、恋愛や結婚のありかたみたいなのも変化してきてる気もします。そのあたりはいかがですか?
いくえみ 携帯電話やSNSの普及、これは便利すぎて不便ですね……。昔はよかったな……と遠い目をする時もあれば、やったー、便利じゃーんと、サクサク物事が片づくこともある。恋愛観や結婚観についてはよくわかりません(笑)。
ペンネームの秘密 そして多忙を極める今のこと
――「いくえみ綾」というペンネームは、くらもちふさこ先生の作品の登場人物から取られていると聞きます。やはり先生にとって、くらもち先生は特別な作家なのでしょうか?
いくえみ くらもちさんは、マンガのなかのエピソードのありかたを、読んだだけで小学生の私に叩きこんでくれました。「あきらかにほかの漫画家と違う!」と、その洗練ぶりに子どもながらに興奮しました。そして、いつでも独自のものを追求されていて、いつ見ても新しい。すごいことだと思います。
――現在、『あなたのことは~』以外にも、約6作品もの連載を抱えてらっしゃいます。先生ほどのキャリアの漫画家さんだと、お仕事をセーブする方向になっていく方も多いですが、変わらずバリバリ描き続けられているのは、なぜなのでしょうか。
いくえみ ちょっと多すぎますよね……。『G線上のあなたと私』[注3]は軽い感じで読んでもらえればなーと思って描いてるんですけど、『太陽が見ている(かもしれないから)』[注4]は1話のページ数が長いのでたいへんで……。とか、そういうことではないですよね。追われてしまってるので、サクサク終わらせていきたいです。もう年ですし(笑)。
- 注2くらもちふさこ先生 少女マンガ界の大御所。読者と等身大の恋愛や悩みを描き、その後の少女マンガに大きな影響を与えた。代表作に『天然コケッコー』など。
- 注3『G線上のあなたと私』 2013年1月号から「Cocohana」(集英社)にて不定期連載されている、いくえみ先生の作品。婚約破棄された主人公が通い始めた「大人のバイオリン教室」を舞台に、初心者3人と講師らそれぞれの人間模様を描く。
- 注4『太陽が見ている(かもしれないから)』 『Cookie』(集英社)にて連載中のいくえみ先生の作品。学校や家庭で居場所を見つけられない3人の少年少女の友情や恋愛を繊細に描く。
取材・構成:井口啓子