軍服へのこだわり
――古い時代を描くうえで、どのような点で苦労していますか?
山田 うーん……、あんまりないです。自分としては、昔から親しんできた時代のことを描いているわけですから、たぶんいちばん得意なことを描かせてもらってるんじゃないかな。これが現代劇を描くとして「もっと今どきの若者っぽく」とか注文されちゃうと、そっちのほうがストレスがあるかもしれません(笑)
担当 山田さんは着物を描くのも苦じゃないんですよね?
山田 そうですね。自分で着るものは描けますよ。
担当 軍服も持ってらっしゃいますし。
――それも趣味で?
山田 はい。やっぱり古いものが好きで、骨董市なんかに行くと、兵隊服が売ってるんですが、そういうものを見て「布が!」とか「こういう型紙なんだ!」とか。まずそういうところにコーフンするわけです。(笑)
――状態のいいものは残ってます?
山田 残ってます。なにしろ国を挙げて戦争をしたわけですから、デッドストックがけっこう残っているんですよ。
――一巻の黒田登場シーンで「復員服」という言葉が出てきますが復員服とは??
山田 終戦後、外地から復員船で帰ってきた兵隊が港に着くとボロボロの軍服からデッドストックの新品をもらって着替えるわけです。きれいな服でお家に帰れといういうわけですね。それが復員服。
――1巻のカバーで黒松が着ているのが復員服?
山田 まあそうですが、黒田が着ているのは、前のあわせボタンは金なのに、ポケットのボタンはベークライト製なので、新品じゃないですね。
――お持ちの軍服は、やはり実際に着ることも?
山田 着ますよ。
――着るとスイッチが入る、みたいな感じはあります?
山田 服には何かそういうマジックがありますよ。たとえば着物を着たときに感じる違和感って、ありません? 「ひょっとしたらこれが日本人的なアイデンティティなの?」「いや、ただの勘違いなの?」「今俺、日本人っぽい?」とか、正しいのか間違っているのか、わからないような葛藤。
――普段着物を着慣れないと、着物を着たときに、過剰に日本人らしく振る舞おうとする気持ちはあるかもしれません。仕草とか立ち居振る舞いとか。
山田 軍服にもそういうマジックがあるんですよ。というか、制服ってそういうもんじゃないですか。人格的に変身するための儀式として、制服を着るわけですよね? 軍服を着ることで、昔の人の身のこなし方みたいなのをシミュレートするんです。「あぁ、こういう風に身体を動かしてたんだなぁ」と。
――けっして着やすくはないんですよね?
山田 はい。支給品ですから、丈夫には作ってあるけど、基本的には雑なものだと思いますね。
――あまり動きやすくはない?
山田 そうですね、ゴワゴワしてるし、ズボンはベルトのかわりに紐がついていて、それを結ぶようになっています。ただ、いろいろ快適な服がある現代と比べるから、そう感じるのかもしれない。当時はそれを着て戦争していたわけですから。
――そうとう軍服がお好きですね。
山田 なんかねぇ……、グッとくるんですよ。
――グッときますか。
山田 グッと。
――最近のドラマとか映画で軍服を見ると、テカテカに見えますよね?
山田 えっ!? テカテカですか。僕が日本の戦争ものの軍服で気になるのは、帽子を被り直したり、ポケットをまさぐったり、そういう芝居がないところ。その服を着たとき特有のアクションというところが、演出されてないと思うんです。
――日常服じゃなくて、衣装なんですね。
山田 そうそう、本来ならポケットに日用品が入っていたりするんです。ポケットの中に糸と針のセットが入っていて、ボタンが取れたときには、兵隊さんは自分で縫いつけたりするんですよ。
――それで門松の復員服は、取れたボタンをつけかえているんですね。
山田 そういうところで、自分と身近な、自分と地続きな世界とわかるんだと思う。
――では軍服に関しては、かなりディテールにこだわって描いてらっしゃる?
山田 はい。今まであまりマンガでは描かれてこなかったような地味な軍服のシルエットを描きたいですね。マンガ表現としての軍服を、2015年版としてアップデートして、形として残しておきたいんです。たとえば戦闘帽にはシルエットとしてのよさがあると思っているんですけど、それをマンガでちゃんと描きたい。で、次世代がまたアップデートしてくれたらいいな、と。
――先生。
山田 はい。
――「軍服ともみあげ」なんですね。
山田 「軍服ともみあげ」です。
山田先生の熱い想いのつまった『あれよ星屑』。その執筆には、ある意外なものが欠かせない!? そして先日発売された単行本最新第3巻のみどころや先生の漫画家としてのルーツなどについてお話いただいた。次回、7月13日更新予定!取材・構成:加山竜司
撮影:辺見真也