『江戸川乱歩異人館』第10巻
山口譲司 集英社 \562+税
(2015年2月19日発売)
『江戸川乱歩異人館』は、ミステリ作家・江戸川乱歩の小説を山口譲司がマンガ化したものである。
今年は、江戸川乱歩の没後50年となるメモリアルイヤーで、それにともなって様々なイベントが企画されているのは、ミステリファンとしてはうれしいところである。そこで本コラムでも江戸川乱歩にちなんだ作品をとりあげて、没後50周年に花をそえることとしたい。
ここで簡単に紹介しておくと、江戸川乱歩は1894年三重県名張市に生まれた。本名は平井太郎。筆名は、ミステリの祖エドガー・アラン・ポーにちなんだものである。
1923年に短編「二銭銅貨」でデビュー。名探偵・明智小五郎が活躍する本格味に満ちた「D坂の殺人事件」「心理試験」や、幻想味にあふれた「鏡地獄」「押絵と旅する男」といった好短編を発表して、日本に創作ミステリを根づかせる。
明智と怪犯罪者との対決を描いた『蜘蛛男』『魔術師』といった長編はベストセラーとなり、怪人二十面相が登場する〈少年探偵団〉シリーズでは子どもたちを熱狂させた。
戦後は、海外ミステリを精力的に紹介し、私財を投じて「江戸川乱歩賞」を創設し、新人作家の発掘を目ざした。まさに、日本ミステリの父ともいえる存在である。
『異人館』の第1話は短編「屋根裏の散歩者」を原作としたもので、「異人の壱 穴男」と題されている。
「屋根裏の散歩者」は退屈した青年が、下宿の天井裏を徘徊して他人の生活を覗き見することに心を奪われて……というもの。この青年が「穴男」なのだが、『異人館』はこのように題名が「●男」で統一されている点が特徴的である(明智が登場する場合は「明智小五郎×●男」となる。また、女性が重要な役割を演じる場合には「●女」となることもある)。
『異人館』の特徴としては、作中人物として江戸川乱歩その人が登場している点があげられよう。
そして『異人館』の各エピソードは「穴男」をはじめ、作中人物の乱歩が見聞・体験した「実話」という設定になっている(「実話」のなかには、乱歩が友人である名探偵・明智小五郎から聞いたものもふくまれる)。
こうした構成をとることで、ノンシリーズの中短編は江戸川乱歩の見聞記として、明智物は乱歩が「明智から聞いた話」としてとり扱うことができ、その結果として『異人館』は、江戸川乱歩の作品を幅広くとりあげられるようになったのである。
ちなみに、最新刊の10巻でとりあげられている原作は「防空壕」「指輪」「畸形の天女」「石榴」(「石榴」は11巻へ続く)というラインアップなのだが、いずれも明智が登場しないノンシリーズものである。
また『異人館』には、原作を知る人間をこそニヤリとさせてくれる隠し味がある。
山口は、基本的には原作に忠実に漫画化していきながらも、ラストでひとひねりを加えたり、別の作品の登場人物をある作品の主人公にすえたり、と自分なりの味つけも加えている。これがまた絶妙な匙加減で、本シリーズの美点にもなっている。
だが何よりも女性を艶やかに描く山口の絵柄こそが、エロチシズムが漂う乱歩の世界にマッチングし、より作品を味わい深くしているといえよう。
ところで、『異人館』は10巻にも及ぶのだが、それでもまだ登場していない作品はあまたある。
そうしたなかでは、個人的には「パノラマ島奇談」「陰獣」「芋虫」「孤島の鬼」「化人幻戯」といった作品を、山口譲司がどう料理するかをみてみたいのである。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック月評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。