おまえら、捕まるぞ! 準備できてるかッ!?
昨年施行された改正児童ポルノ禁止法は、“自主的な廃棄を促すため”に1年間の罰則猶予期間が設けられていたが、7月15日からいよいよ罰則が適用されるようになった。児童ポルノ(デジタル画像含む)を所持していると、1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科せられるようになるのだ。
大丈夫か、おまえら!
この法案は、18歳未満の責任能力のともなわない児童が、大人(親や業者)による性的搾取の対象になったり、性犯罪に巻きこまれたりしないようにするための法案なのだ。おおざっぱに言えば、「子どもを性的犯罪の対象にしないため」の法案である。
実際のところ、映像や写真に関しては被写体となってしまっている被害児童が存在するのだから、法による規制は必要だろう。
ただ現状、マンガやアニメ、ゲームCGなどに関しては、改正児童ポルノ法の対象外である。
いま「じゃあ俺はセーフだ」と安心したそこのおまえ! そうだ、お気に入りのエロマンガはまだ捨てなくても大丈夫だぞッ!
さておき、この法案が考えられた当時は、じつはマンガを含む絵も児童ポルノに含まれていた経緯は忘れてはならない。最初は絵も規制対象だったのだ。
おもに漫画家や関係者が中心になって反対の声を上げたことで、絵を規制対象から外すことができたのである。
今回のことに限らず、マンガ界は1950年代から「悪書追放運動」に抵抗してきた。漫画家のみなさんが自由な発想でマンガを描いたり、読者が自由にマンガを読んだりできるのは、関係者が絶えず抵抗を続けてきたからにほかならない。けっこう水際のギリギリで、何度も何度も防いできたのだ。いわゆる「不断の努力」というやつである。
そもそも、なにをもって「児童ポルノ」と定義するかも曖昧だ。イギリスでは水浴びをする孫の写真を所持していたおじいさんが起訴されたこともある。
日本の改正児童ポルノ法では、「衣服の全部または一部を着けない児童の姿態で性欲を興奮させるもの」「殊更に児童の性的な部位(性器若しくはその周辺部、臀部又は胸部をいう。)が露出されまたは強調されているもの」を“児童ポルノ”というようだ。
性別については言及されていない、つまり男女限らず対象となることもポイント。
だからもし児童ポルノ法がマンガにも適用されていたら、読者へのサービスカット(水着、パンチラ、胸の谷間)も規制対象になっていた可能性はある。
アニメ絵の男の局部から白濁液がビュバァァァーーーーッと出ている村上隆のフィギュアは「ポップアート」として約16億円で海外に売れちゃったりするのだが、あれももちろん児童ポルノ扱いにならなきゃおかしい。16億円かけても「単純所持」だ。
では、実際に児童ポルノ法が絵にも適用されていたら、どんな地獄が待っていただろう? 現在でも「成人指定」などで制限がある成人マンガやBLは置いておくとして、一般マンガで規制対象になった可能性のある作品を紹介しよう。
『手塚治虫文庫全集 ふしぎなメルモ』
手塚治虫 講談社 \950+税
(2012年4月12日発売)
まずは大御所・手塚治虫。
上記の基準に照らし合わせると数多くの手塚作品がアウトになる。なかでも特筆に値するのは『ふしぎなメルモ』だ。小学3年生のメルモちゃん(9)が、青いキャンディを食べてナイスバディなオトナの女性に変化して、さまざまなハプニングを引き起こす。
アニメ化に際しては手塚本人が「性教育アニメーション」(『手塚治虫漫画全集 別巻13 手塚治虫エッセイ集6』講談社刊)と位置づけたように、原作でも性描写やヌードがたくさん出てくる。児童ポルノ法がマンガにも適用されていたら、二度と日の目を見ることがなかった作品かもしれない。
また『ブラック・ジャック』のピノコ(推定18~20)は、実年齢は成人のようだが、体格は幼児そのもの。 よって裸になるシーンはすべて規制対象だ。
『藤子・F・不二雄大全集 エスパー魔美』第1巻
藤子・F・不二雄 小学館 \1,500+税
(2009年8月25日発売)
藤子・F・不二雄の『エスパー魔美』は、主人公・佐倉魔美(14)がパパのデッサンのヌードモデルになるシーンがあるので不許可。
魔美が自分のオシッコを幸子さんにテレポーテーションさせるシーン(「第15話 地底からの声」)は、児童ポルノ法的にはセーフだけど、なんだ、その……、これでナニかに目覚めた人は多いぞ。
そして『ドラえもん』には、しずかちゃん(10)の入浴シーンとヌードが何度も何度も何度も、これでもかと言わんばかりに繰り返し出てくる。その意図は、かつて映画の舞台挨拶のときに藤子・F・不二雄先生の口から説明されたことがある。
「先生、ドラえもんには必ず、しずかちゃんの入浴シーンが出てくるけど、先生はスケベなの?」
先生、笑いながらすかさず切り返します。
「君たちと同じです」(『「ドラえもん」への感謝状』楠部三吉郎、小学館刊)
われわれと同じ! 先生、アウトです!
それから鳥山明『ドラゴンボール』ではブルマ(16)が、貞本義行『新世紀エヴァンゲリオン』にもアスカ(14)が裸になるシーンがあるから、これらも規制対象になっていた。
そんなわけだから、マンガ・アニメ史に名を残す名作たちに修正が施されたり、読めなくなる可能性もあったのだ。
だから児童ポルノ法案に反対する人々を、「ポルノが見たいから反対してるんだ」などと思わないでね。マンガを守るためには、これからも必要なことなんだ!
いずれにせよ、文化や芸術に関しては、おカミの権限はできるだけ小さいのに越したことはない。
ときにマンガはいきすぎた表現をすることもある。しかし、その担い手である読者たちが、振れ幅のなかから是と非を選別していくのだ。そして、これこそが文化の多様性を生むのである。
マリファナを吸いたければオランダへ行く、自由なマンガを読みたければ日本へ行く。それでいいんじゃないだろうか。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama