作品に影響を与えた子どもとネパールの存在
三部 子どもが生まれる前だったら、この作品は描けてなかったと思います。
担当 三部さん、それよくおっしゃってますよね。
――どういった部分で、そう思うんですか?
三部 子どもが生まれる前だったら、もっと毒々しい話になっていたと思います。
担当 子どもが虐待されるシーンがありますからね。実際にお子さんができると、感情移入の度合いが異なるのではないかと思います。お子さんができる前にこの作品をやっていたら、ヒューマン・ドラマではなく、もっと刺激的なものになったかもしれない。ミステリやサスペンス的な要素ではなく、もっとバイオレンスな作品になっていたかもしれません。
三部 これは担当さんからも言われたんですけど、「もっと自分を切り売るようなものとか、自分の根っこの部分を出していくような要素がもっとあってもいいんじゃないか」と。俺、これまでの作品では、そういった部分はあまり出さずにやってきたんですよ。もちろん、どんなキャラクターであれ、自分のなかから出てきたものではあるんですが。
――「もっと出してほしい」と。
三部 「もっと自分のフェイバリットなものを出して」と。それで別の編集者さんからボンッとお金を渡されて、「ネパール行ってきて」と言われたこともありました。
――ネパール!?
三部 あ、俺ネパールが好きなんですよ。何度も行ってて。子どもが生まれてからは行ってなかったんですけど、6年ぶりに行ってきました。
――ネパールのどこに魅力を感じていますか?
三部 人、ですね。観光地や名所に行くと、「自分をガイドに雇ってくれ」って大人から子どもまで寄ってくる。「恵んでくれ」って人もいる。それが嫌いな人も多いけど、ハマる人はハマります。俺、仲良くなった人が多くて、その人たちに会いに行くような感覚ですね。
――人に会いに行く。
三部 向こうの友人にバイクを預けてあるんです。普段は観光ガイド用に使ってもらってて、俺が行ったときには貸してね、って。あと、街も好きですよ。すごく埃っぽいですけど。
――どのへんの街でしょうか?
三部 首都のカトマンズです。標高が1300メートルだったかな、ちょっと空気が薄いです。街並みがすげえイイんですよ。日本とは違うのに、仏教が混じっているので、どことなく日本っぽいところもある。実際に見たことがないのに懐かしい感じ、ってあるじゃないですか。
――作品にも影響してますか?
三部 もっと自分が好きなものだったり、経験だったり、そのときに思っていたことなど、そういった自分の根っこみたいな部分を入れ込んでいこうと思ってます。それを濃くやっているのが『僕街』です。
――となると、『僕街』は、制作にかなり時間がかかる作品ですね。
三部 『僕街』を描くときには、それ用のテンションがありますね。ほかの連載作品もあるんですが、そのままの流れでは描けない。というか、『僕街』はつねに考えていないとアイデアが出せない。普段から『僕街』のテンションでアンテナを張っておいて、それ以外の作品を描くときにモードを切り替えるような感覚です。
――切り替えが大変そうです。とはいえ、3社合同フェア[注1]では、見事に各作品のジャンルが異なってました。
三部 昔の漫画家ってすごいな、って思います。複数の連載にまたがって、月に100ページ以上描いている。なかでも永井豪先生に憧れます。永井先生は頭の中どうなってんだろう、どうやって切り替えているのか。俺、永井豪先生みたいになりたいです。
- 注1 2013年1月に展開したキャンペーン。『僕だけがいない街』第1巻(角川書店)、『魍魎の揺りかご』第6巻(スクウェア・エニックス)、『菜々子さん的な日常DASH!!』1巻(小学館、瓦敬介名義)と、三部けい先生の三作品のコミックスが同日に発売された。