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雲田はるこ『昭和元禄落語心中』インタビュー 祝☆アニメ化!! アニメ版の影響で“あの”キャラクターに変化が!?

2016/01/30


「落語マンガ」ではなく 「落語家マンガ」を描きたい

――今までも落語マンガはありましたが、『昭和元禄落語心中』は、特に落語シーンに力を入れて描いている印象です。

雲田 落語家さんの「演じる姿」には力を入れております。最初のプロットの段階で「落語家マンガにしたいです」と目標を書いた記憶があります。

――「落語マンガ」ではなく「落語家マンガ」なんですね?

雲田 落語の演目を描くにしても、本職の落語家さんの演る落語には敵わないし、絶対にそっちを見たほうがいいと思うんです。なのでこのマンガを読むことで落語を見た気になってもらうより、「続きを実際に見に行きたい」と思ってもらえるようにしようと思いました。なので「落語を描きたい」というよりは、「落語家を描きたい」と思ってました。

――なるほど。落語家のマンガだからこそ、高座(こうざ)[注6]のシーンをきちんと描いているんですね。

雲田 「夢金(ゆめきん)」(2巻其の二)[注7]を描いた時には、助六の高座を菊比古が解説しています。ここで初めて落語シーンの描きかたを掴めた感じがしたんですけど、解説を入れるのも野暮な気がしたんですね。だから「居残り左平次」(3巻其の五)[注8]を描く時は、できるだけ解説を入れずに描こうと思っていたんです。でもそしたらやっぱりわかりにくくなりまして、どうしたものかと。

観客を魅了する助六の「夢金」に羨望に近いものを覚える若き日の八雲師匠(菊比古)。忍び笑いがかわいすぎ!

観客を魅了する助六の「夢金」に羨望に近いものを覚える若き日の八雲師匠(菊比古)。忍び笑いがかわいすぎ!

――マンガのキャラクターが上下(かみしも)を振っていたので、かなり衝撃を受けました。

「死神」における死神と男の会話シーン。このように視線や姿勢を左右に変え人物の入れ替えを表現することを「上下を振る(切る)」という。

「死神」における死神と男の会話シーン。このように視線や姿勢を左右に変え人物の入れ替えを表現することを「上下を振る(切る)」という。

雲田 そんなふうに解説を入れずに描くと、落語がわからない読者さんから「落語シーンは飛ばして読む」という感想もいただいたんですよ。

――あら。高座のシーンは、スポーツマンガでいえば試合のシーンなのに。

雲田 そこで、流して読んでも内容が理解できるようにするには、拾い読みでも簡単なあらすじがわかるように描けばいいんじゃないか、と。落語的ないいシーンだけを抽出するのではなく、ストーリーがわかるように描けばいいんだ、と発見しました。あらすじがわかるだけで、落語は何倍も聞きやすくなりますしね。

――この「居残り」は、6巻其の五では八雲師匠が演ってます。しかもこれ、助六が演った時とまったく同じ構図で、まったく同じコマ構成になっているんですよね。表情も似せている。

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上が助六の「居残り」、下が八雲の「居残り」。比較すると一目瞭然! キリリ顔もギャグっぽい顔も完全に一致

上が助六の「居残り」、下が八雲の「居残り」。比較すると一目瞭然! キリリ顔もギャグっぽい顔も完全に一致

雲田 そうです、ここは「助六そっくりに演じている」というシーンなので、トレースしてます。同じ構図だね、と気づいていただけなくても、サブリミナル効果みたいに、読者さんに「これどっかで見たぞ」と思って頂ければ、大成功ですので。

――落語家って、びっくりするくらい師匠と同じ芸ができるじゃないですか。姿形が違っても、師匠の型をそっくりに再現できてしまう。ここでは八雲が助六の芸をしっかり身体の中に入れていることを表現しているわけですよね?

雲田 そうです。落語家さんてモノマネ上手ですもんね。

――担当さんは、これを見た時はどんな印象を抱きました?

編集 この回のネームをもらった時の記憶は鮮明に覚えています。本当に絵がうまい人じゃないとできないことだな、と驚きました。

――これはマンガじゃないとできないことですよね。実写でやろうとしたら、本物の落語家を師弟で連れてこないと、こんな芸当できない。

編集 サラッとやっているところが粋だと思います。

――ただ、小夏の前で「宿屋の仇討ち」[注9]を演る(1巻其の三)時は、同じような効果を狙っていても、八雲に助六の姿をダブらせた絵を描いてるんですよね。

助六の忘れ形見である小夏の目には、たしかに助六の姿がダブって見えたのかも。

助六の忘れ形見である小夏の目には、たしかに助六の姿がダブって見えたのかも。

雲田 そうですね。「居残り」の時には、これを軸に助六と八雲の対比を描きたかった。だから解説を入れずに、じっくり描いたんです。のちに与太郎も「居残り」を演るんですけど(7巻其の八)、そこでは全然似てないものとして描いてます。それは「二人とは違う落語になった」ということで。

――助六の芸が八雲を通じて与太郎に伝わり、それを与太郎が自分のものに昇華したんですね。

雲田 それでも1カ所だけ、あえて同じシーンを残しています。構図は一緒なのに表情を変える事で、やはりサブリミナル的に「似てるけど違う」という思いを読者さんに喚起出来ないかなと思いまして。成功してるのかどうかは、はなはだ謎ですが(笑)。

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左は助六の「居残り」、右は与太郎の「居残り」。比べてみると……ホントに一緒! ぜんぜん気づきませんでした。

左は助六の「居残り」、右は与太郎の「居残り」。比べてみると……ホントに一緒! ぜんぜん気づきませんでした。

――あと、主要登場人物(与太郎、八雲、助六、小夏)全員が唯一口演する噺が「野ざらし」[注10]です。そういう重要な噺として、なぜ「野ざらし」を選んだんですか?

雲田 「野ざらし」って、実際に聞いているとただただ陽気になる噺なので、私は大好きなんです。「歌うようなリズムとメロディを強く感じる落語」だということなのかもしれません。聞いていると強制的に陽気な気持ちになるあの感じを出したかったんですね。だから噺のストーリーというよりは、陽気さを重視しました。それに、もともとは怪談だった噺が改作されて現在の陽気な噺になったそうなので、演りかたによっては怖くも見せられる。そこで陰陽の芸の対比が出せるんじゃないかと思ってました。八雲師匠も、向島に住んでますしね。

同じ噺でも助六の底抜けに陽気な「野ざらし」に対し、菊比古の「野ざらし」は陰気。2人の対照的な性格と同じ。

同じ噺でも助六の底抜けに陽気な「野ざらし」に対し、菊比古の「野ざらし」は陰気。2人の対照的な性格と同じ。


  • 注6 高座(こうざ) 寄席などで落語家が演じるため座る一段高いところ。また、そこで演じることを高座と呼ぶ。
  • 注7 「夢金」 古典落語の演目のひとつ。欲の深い船頭が大金を手に入れるチャンスに恵まれるが……。
  • 注8 「居残り佐平次」 古典落語の演目のひとつ。品川の女郎屋を舞台に、憎めない小悪党・佐平次がみなを詐欺(おこわ)にかける。サゲ(落ち)は複数パターンある。
  • 注9 「宿屋の仇討ち(あだうち)」 上方落語の演目のひとつ。登場人物は侍と宿屋の手代、源兵衛・喜六・清八の悪友トリオ。
  • 注10 「野ざらし」 古典落語の演目のひとつ。三代目林家正蔵の作を初代三遊亭圓遊が改作。長屋に住む八五郎という男が美人の幽霊と酒を酌み交わしたさに釣り竿を持って骨を釣りに行くが……。

単行本情報

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