年を取るキャラクターと 経年変化へのこだわり
――落語家さんって、舞台の上では陽気な方が多いですよね。
雲田 そうですね、幇間のようなイメージを持ってる方も多いですよね。
――ただ、彼らにもかなり苦悩があるんですよね。客の立場からはなかなか気づかないんですが。
雲田 そういうのはいっさい出さずに、隠すそうですね。実際、自殺されてしまう方も少なくないですし、いろいろな方の芸談やエッセイを読んでも、じつはたいへんな世界なんじゃないかと想像してました。
――本作では、そういった落語家の暗い側面にもスポットを当てました。
雲田 ただ陽気で楽しいだけじゃなくて、悲喜こもごもいろいろなところがあるのを描きたかったんです。マンガやドラマ、映画も、落語ものの名作はたくさんありますが、わりとホームドラマっぽいものが多かったんですね。弟子がたくさんいて、疑似家族的な。それもすごく素敵なんですが、私は落語から別の側面も感じることが多々あったので、そっちを描いてみようと思いました。
――身内の不幸さえ笑い噺に変えちゃう人たちですけど、すごく闇を感じさせる瞬間もありますしね。
雲田 どなたにもきっと、内面にはドロドロしたものがあるんじゃないかと思います。
――与太郎の表情も、段々深みが出てきてます。
雲田 落語の厳しさや苦労が顔に出る、とはどういうことだろうと思って描いております。
――それは意図的にやっていることなんですね?
雲田 そうです。強く意識してはおります。
――じゃあ、弟子の小太郎くんも、今はボンヤリしているけど、そのうち精悍な顔つきになるかもしれない。
雲田 かもしれません(笑)。
――そういった経年変化は、かなり意識して描いてますよね。
雲田 過去編である「八雲と助六編」をはさんで、5巻で再び現代の「助六再び編」に戻りますが、2巻の「与太郎放浪編」から10年くらい経っているんです。
――前座だった与太郎が、真打[注12]に昇進するまでになっている。
雲田 だからそこでキャラクターの成長や肉体的な衰えを説得力もって見た目に反映させようと、いろいろ試行錯誤しました。たとえば八雲さんをハゲさせてみたらどうだろう、とか。
担当 やめてください(笑)。
雲田 アシスタントさんにも聞いたんですよ、「ハゲだめかな?」って。実際に描いてみたんですけど、そうしたら「絶対ダメです」って言われたので、「じゃあ白髪にするか」って。
担当 白髪になったのも、八雲さんの老いを突きつけられたようでショックでしたけどね。
――まあ、落語ファンって、ひとりの落語家が年老いて死ぬまで、衰えていく過程も見続けますからね。それこそ声が出なくなって、何を言っているかわからなくなっても、高座に上がってくれるだけでうれしい。志ん生(しんしょう)[注13]が高座で居眠りしちゃっても、起こしに来た前座に向かって客が「そのまま寝かせといてやれ」と言ったりする。八雲さんも作中で徐々に年を取っていきますね。
雲田 ねえ。ハゲたりボケてヨダレ垂らしたり……。
担当 切なすぎます。
雲田 「もうショボショボだわー」って(笑)。まあ、そこまで描いちゃうとエンターテインメントとしてどうかと思うので、やりませんけどね。
――登場人物が、みんなちゃんと年を取っているんですよね。
雲田 そこはただただ好きなんですよ。年齢による変化を描くのが。あるいは親子で目元が似ているとか、そういった描きわけが無性に好きなんです。
――描いていて楽しいんですね?
雲田 そうです。「シワの感じをこうすると老けて見えるな」とか、普段から人を観察して「ここがたるむんだな」とか。
担当 作中で時代が飛ぶので、キャラクターの変化を描きたいとおっしゃってましたね。
雲田 おじいちゃんのシワも楽しいですが、子どもの信ちゃんが、赤ん坊から幼稚園に入って、小学生になる変化を描いたりすることも楽しいですね。
――あの子、かわいいですね。
雲田 アシスタントさんからは「計算高すぎてあざとい」っていわれます(笑)。
担当 でもこれも、絵がうまい人じゃないとできないことだと思います。
――先生、アニメ化にあたって、八雲さんに関しては「通年でひとりの声優さんにお願いしたい」と先生のほうから要望を出したそうですが、そういった意識があるからこそ、アニメでも同じ人にやってもらいたかったんですか?
雲田 それはあります。若い頃とお爺さんになってからで違う声になっていたら、寂しいじゃないですか。落語家さんの声って、年老いてもハリがありますし。実写では難しいでしょうけど、落語家さんと同じく声で勝負なさってる声優さんだったら、もしかしてうまく表現してくださるのではないかなと思いました。
――結果的に石田彰さん[注14]が、すばらしい八雲師匠を演じました。
雲田 もう本当にアニメは、奇跡のキャスティングでした。
●次回予告
いよいよ物語も佳境に! 気になるラストについて次回、雲田先生が語る!?
2月上旬更新予定なのでお楽しみに!
- 注12 真打 落語家の位のひとつで、真打になると寄席で主任(トリ)をとれる。また、「師匠」と呼ばれ、弟子を取ることも可能に。
- 注13 志ん生 五代目古今亭志ん生のこと。明治時代後期から昭和にかけて活躍した落語家で、20世紀の落語界を代表する名人といわれる。
- 注14 石田彰さん 声優、俳優、ナレーター。少年から青年まで多種多様なキャラクターを演じ分け、その独特な声質はファンから「石田ボイス」と呼ばれる。代表的なキャラクターに『新世紀エヴァンゲリオン』の渚カヲル、『NARUTO』の我愛羅など。
取材・構成:加山竜司