人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、松下幸市朗先生!
時は1980年代、神奈川県・江の島に、ある食堂があった。
ボロっちいテーブルやイス、お世辞にもおいしいとはいえない料理、そしてたったひとりの店員……そこは9歳の女の子がひとりで営む食堂だった。
「このマンガがすごい!WEB」にて大好評連載中の『ひとり暮らしの小学生』。
kindleで個人的に発表していた作品にもかかわらず、「泣ける!」「ほっこりする!」とネット上で大反響を呼び、ついには宝島社より単行本発売されるに至った本作。その第2巻発売を記念して、著者の松下幸市朗先生にインタビューを敢行! 作品に流れる切なさや優しさの原点を探った。
<インタビュー第1弾>
【インタビュー】松下幸市朗『ひとり暮らしの小学生』 新刊発売記念! シリーズ15万部突破のナゾの新人が語る、主人公の原点はあの世界名作劇場の……
漫画家になれそうな気がして……即、退社!?
――今、大学でマンガの指導をされているそうですね。
松下 はい。自信のなさそうな学生に、私が24歳の時に初めて描いた原稿を見せるんですよ。そうするとみんな自信を持ってくれる(笑)。
――初めて描いたのは24歳ですか。けっこう遅いんですね。
松下 なにしろ漫画家になろうと思ったのが24歳だったので。
──それまでまったくマンガを描いたことはなかったんですか? ノートに描くとか。
松下 小学生の時に、ホントに友だちと遊び程度にアンパンマンをネタにしたマンガを描いてみたくらいで……24歳まではマンガ歴ゼロですね。絵を描くのは好きでしたが、いわゆるマンガの絵は描いていません。

作中の「おねえさん」も松下先生がマンガを描き始めたのと同じ24歳! 先生との共通点はあるのでしょうか?
──24歳の時何が起こったんでしょう?
松下 その頃、ファストフード店で働いていたのですが、そもそも学生時代にアルバイトをしていてそこから社員になったんで、社会人になった実感もなかったんです。まあ出勤日数とお給料が増えただけで。ふと、この先の人生を考えた時に、すごくつまらなく思えて……絵が好きだったのもあって、漫画家になれる気がしちゃったんですよ。
──これまでいろいろな漫画家さんにインタビューしてきましたが、わりと珍しいパターンです(笑)。
松下 で、描き始めたんですが半年かかって30ページの短編をやっと1本。このペースじゃ才能があったとしても漫画家にはなれないなと思って、仕事を辞めちゃいました。
──見極めが早い! その作品はどこかに送ったんですか?
松下 持ちこみに行きました。「週刊少年チャンピオン」だったかな。ファンタジー系の「いい絵のページとそうじゃないページの差が激しいからもっと安定して描けるようにしましょう」といわれました。一度持ちこみに行くと、やる気になりますね。それで会社を辞めたんです。
──すごく前向きですね。持ちこみに行くって勇気がいると思うんですが。
松下 「すぐに次のを描いて持ちこみしなきゃ」っていう心境になったんですよ。それは、仕事をしながらでは難しい。でも、やっぱり働かないととどんどん貯金が減っていく。そこで、パソコン系のサポートの電話の応対をする仕事を始めました。ネタも仕事の合間に考えられるだろうと。これを3カ月やって、パソコンのノウハウを学べたので、次はインターネットの営業の仕事にかわりました。お給料がよかったので土日祝日だけ働いて、ちょっと貯金もできて、描く時間もある。万々歳でした。
──ずいぶん要領がいいというか、いろんなところから行動派な面がうかがえます。
「自分は漫画家」という自信を持ってkindleで勝負!
松下 ただ、マンガのほうはなかなかうまくいかなくて。これはアシスタントしなきゃいけないと思って、玉越博幸[注1]先生がアシスタントを募集してたので応募したんです。アシスタントを始めたら、半年で担当がつきました。これでようやくマンガ業界とつながったぞ、と!
──やっぱり展開が早い!
松下 アシスタントの先輩たちは、私以外の人はすでに全員担当がついていたし、デビューしてる人もいました。まわりの人たちがひとり立ちする、連載を持つという意識が高い環境だったので、自然に自分もがんばらなきゃという気になる。それが大きかったですね。じつは、この頃に『ひとり暮らしの小学生』の原型になる読み切りを描いているんです。
──ええ!? それは発表されたんですか?
松下 初めて「マガジン」編集部に持ちこんだ作品で、奨励賞をもらったんですが辞退しました。
──それより上の賞を狙っていたからですか?
松下 そうです。佳作以上でなければ意味がないと思っていたし、くやしい思いもあるし、気に入っていた作品なのでその成績に納得がいかなかったというのもあります。
──今の『ひとり暮らしの小学生』とほぼ同じ内容なんですか?
松下 ひとり暮らしの小学生の女の子という設定は同じですが、定食屋じゃなくてそば屋でした。読み切りの4コマ。タイトルは『そば屋のリンちゃん』。

『そば屋のリンちゃん』の設定は『ひとり暮らしの小学生』にも生きていた!!
──そういえば今のリンちゃんもよくそばを作ってますね。では、いつかまたちゃんと描いて然るべきところで日の目を見させようという気持ちだったわけですね。
松下 はい。その後、商業誌で連載もしたけれど、打ち切りも経験して……。うまくいかなくて、漫画家ってなんだろうと考えた時期がありました。
──その答えは出ましたか?
松下 今の私は、漫画家とは職業ではなく生き方なのかなと思っています。『ひとり暮らしの小学生』を最初に描きあげてkindleで発表した時は、「コミックスは出したことがないけど私は漫画家なんだ」という確固たる自信はありました。かつて想像していた漫画家像とは違っていたけれど。
──しかし、kindleで発売して大人気になるわけですよね。何か戦略的なものはあったんでしょうか。
松下 いえ、アップした時いっさい宣伝しなかったんですよ。友人にすら教えていない。だれも知らない状態からのスタートです。kindleというものがどれくらい浸透しているか知りたくもあり……無名の漫画家がなんの宣伝もせずに売り始めたらどうなるのか知りたいと思って。
──チャレンジャーですねぇ。
松下 そうしたら思いのほか、毎日のように売れたんです。どこのだれが、なぜ買ってくれるのか自分でも不思議でした。
──完全にタイトルと表紙の絵しか情報がないわけですよね。あとは口コミとレビューですか。
松下 なので、タイトルと表紙から内容がダイレクトに想像できるものにしようとは考えました。
──たしかにこれ以上のタイトルはないでしょう!
注釈(テキスト)
- [注1]漫画家。代表作『BOYS BE…』以降もラブコメ・恋愛マンガを中心に執筆。現在「週刊漫画ゴラク」にて『ぴーかん!』連載中。