『ひとり暮らしの小学生』は己を律する生活から生まれた
──さきほど、「漫画家とは職業ではなく生き方である」とおっしゃいましたが、これはどういう意味なのでしょう。
松下 あくまで個人的な考えですが、プロフェッショナルとは「己を律することができる人」だと思っているんです。律してる人はどんな状態であれプロだと思うし、律してない人は今有名だったとしてもプロではないと思っている。姿勢の問題ですね。連載や打ち切りの経験も経て、漫画家はたいへんな仕事だと、プロ意識が求められる仕事だと身にしみて感じました。じゃあ、「漫画家」として一生やっていくには何が必要かと考えた時、己をずっと律していくことが大事だということにたどりついたんです。
──コミックスを何冊出したとか、そういうことでははかれないということでしょうか。
松下 私の思うところはそうです。
──kindleで売るまでには、締め切りがない状態で、たったひとりで描き上げなければならない……それこそ己を律していなければできないことですね。
松下 それには気持ちだけじゃなくて、やっぱり方法が必要なんですよ。考えた結果、毎日同じことをするのが有効だとわかりました。私は毎日6時50分に起きるんですが、毎朝同じ日課を経て作品に取りかかるようにしています。基本、毎日同じことをやっていく。そうするとマンガに取りかかるのがたいへんじゃなくなるんです。
──自分をどう上手にコントロールするかということですね。どうすれば自分がうまく動いてくれるか。
松下 規律ですね。よく陥りがちなパターンとして、きょうはもう眠いから寝て明日早起きしてがんばろう、という。でもそれで早起きできたためしがない。
──これは耳が痛いです(笑)。

さすがは定食屋のプロフェッショナル、リンちゃんも勉強は後回しにしない!
松下 それから、ふだんからあまりおいしいものを食べない、楽しみすぎないようにしていますね。
──えっ!? それはマンガとどういう関係があるんでしょうか。
松下 要はマンガを描くって、実作業も考えることも辛いものだと私は思うんです。でも、完成して読んでもらう喜びはある。そこにたどりつくまでが非常に長いんですよ。その喜びは大きなものですが……ふだんから簡単に喜びが味わえる状況だと、私は楽なほうに流れていってしまうんですね。あんまり楽しいことをしてしまうとマンガがはかどらない。たとえば実家に帰ると仕事道具もないので地元の友だちと遊びまくっちゃう。帰ってくると、マンガが全然はかどらないんですよね。そこから導き出された答えです。
――そうして作り上げた『ひとり暮らしの小学生』が、kindleから紙の単行本として発売されたことにどんな感慨をお持ちですか?
松下 最後まで完成させられた自分に対して「がんばったな」という想いがあるので、もし売れていなくても自分自身の満足度は変わっていないと思います。
──それが、松下先生の考える「プロフェッショナル」ということですね。
松下 ただ……誤解のないように申し上げますが、もちろんたくさんの方が読んでくださるのも、こうして紙の単行本として出版されるのもすごくうれしいんですよ!!(笑) 本当にありがたいです。単行本化にあたっては、この2冊目も時間が許すかぎり手を入れていますので。新エピソードの加筆もあります!

『ひとり暮らしの小学生 江の島の空』に収録されている描きおろしの番外編! 気になる2人にも進展が……!?
キャラクター造型、作品の完成度を求める高い理想
──松下先生はマンガを描き始めたのが遅かったわけですが、読者としてはどんなマンガ歴を歩んできたんですか?
松下 高校くらいまではまあまあ読んでいましたが、大人になってからはあまり数を読んでいないほうかもしれません。子どもの頃好きだったのは『こち亀』[注2](秋本治)。
──空気感的には近いものがありますね。
松下 少女マンガもけっこう読みました。好きな作品は『いたずらなKiss』[注3](多田かおる)、『くにたち物語』[注4](おおの藻梨以)……でも、一番繰り返し読んだのは『ガラスの仮面』[注5](美内すずえ)かな。
──お姉さんか妹さんがいらっしゃるんですか?
松下 妹がいますけど、妹の影響ではないです。全体数からすると少年マンガのほうが多く読んでるはずなんですが……。マヤも亜弓さんもめちゃくちゃ努力するところが好きですね。
──やっぱり「努力」は重要なキーワードなんですね。
松下 亜弓さんの描かれ方もたまらなく好きなんです。主人公と敵対するポジションで、エリート的な存在なのにきちんとどろどろした感情もある、人間味のあるキャラクターとして描かれている。
──松下先生の、敵キャラ観と結びあうところですね。
松下 いつも、ああいうキャラクターが描けたらと頭に置いています。トキワ荘作家のどなたかだと思うんですが「マンガというのはキャラクターの絵のなかに、本物の感情を描くものだ」という言葉があって。ずっと自分の心のなかにあり続けて、その想いが強くなりながら今に至っています。
──絵柄として影響を受けた作家さんは?
松下 当然、憧れた漫画家さんはいますが……小畑健[注6]先生ですとか。好きだっただけでまったく影響を受けたという感じではないですね。あえていえば、世界名作劇場とかジブリ作品のテイストの影響はあるかもしれません。

優しい雰囲気が醸しだされている絵柄は、ジブリなどの影響か。
──ちなみに次回作はもう準備されているんですよね?
松下 はい、今はいろいろと構想を練っています。京都を舞台にしたマンガや、ほかにも考えている最中です。近いうちに発表できればと思っています。
──ほかにも描いてみたいものはいろいろあるんでしょうか。
松下 常にありますが、描いてみたいと思った時が描くタイミングだとは思っていなくて。ワンアイデアやテーマが浮かんでも、作品を描くには準備が足りていない場合がほとんどなんです。着想を自分のなかで寝かせて、ほかの要素を組みあわさってかたちになっていく時間が必要ですね。
──設定だけではなく、そのなかで何を描くかの理由みたいなものがないと踏み切るには早い?
松下 私の場合、全体像が見えないと描ける状態にならないんじゃないか……というか描きたくないのかも。私自身、最後まで読んで初めて本当のよさがつかめるような作品が好きなんです。本でもマンガでも。なので、ある程度の全体像を作り上げてから描きたいと思っています。

読者のみなさんの声にも元気づけられたそうです! 松下先生の次回作も楽しみですね!!
──ありがとうございました。リンちゃんにまた会えることも期待しています!

『このマンガがすごい! comics ひとり暮らしの小学生 江の島の夏』
松下幸市朗 宝島社 ¥700+税
(2016年11月10日発売)
優しさあふれる物語、『ひとり暮らしの小学生』の著者・松下幸市朗先生の素顔に迫った今回のインタビュー。
これを読んで、好評発売中の『ひとり暮らしの小学生 江の島の空』をより一層お楽しみください!
なお、松下先生の最新作『ひとり暮らしの小学生 江の島の空』は現在「このマンガがすごい!WEB」で絶賛連載中だ!
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- [注2]秋元治によるギャグマンガ。正式名称は『こちら葛飾区亀有公園前派出所』。「週刊少年ジャンプ」で1976年9月~2016年9月まで連載。
- [注3]多田かおるによる少女マンガ。「別冊マーガレット」で1990年6月~1999年3月まで連載。
- [注4]おおの藻梨以による少女マンガ。「mimi」(講談社)にて1987~1992年まで連載。その後、同社「One more Kiss」にて、『新 くにたち物語』として2006~2007年まで連載。
- [注5]美内すずえによる少女マンガ。「花とゆめ」にて1976年~1997年まで連載。その後「別冊花とゆめ」にて2008年より連載中。
- [注6]
取材・構成:粟生こずえ