「オトコ編」第9位にランクインした『オンノジ』だけでなく、2013年度に刊行した『鬱ごはん』と『バーナード嬢曰く。』の2作品も、本誌『このマンガがすごい!』で熱烈な支持を集めた施川ユウキ先生。
今回のインタビューでは、3作品の制作秘話とともに、このインタビューが情報初解禁となる、施川作品ファン驚きの発表も聞くことができた。果たして、その内容とは……!?
(後編は→コチラ)
3.11をまたいで構想された『オンノジ』の世界
――『オンノジ』は、連載準備をしている頃に東日本大震災が起こり、3.11を挟んで、かなり設定が変わったそうですね。
施川 連載予告の時点では……そもそも何も決まってなかったんです。
――タイトルは決まっていたんですよね?
施川 といっても、どんな話にでもなりそうなタイトルにしておいただけで。キャラクターも女の子を出すことは決めてたんですけど、最初に描いてたミヤコは頭身も高いし、メガネかけてるし。
――わっ、別人ですね。
施川 この時点で決まっていたのは、4コママンガってことだけで、内容はほぼ白紙です。
――よく噂には聞きますが、本当にあるんですね、そういうことって。まるで『ドラえもん』の第1話[注1]のような……。
施川 そうこうしてるうちに、震災が起こって打ち合わせもできない状況になっちゃったんですよね。あの頃は日本が終わってしまうくらいの気持ちになりましたからね……マンガを描いてる場合じゃないんじゃないかと。これは連載開始も延びるんじゃないかと思ってたんですけど……。
担当編集 それはなかったですね(笑)。
一同 (笑)
――そこで、いよいよ物語を考えることになるわけですが。
施川 実際、こんな時にどんなマンガを描いたらいいのかという気持ちで、よけいに迷いもしました。結局、その心境のまま、「世界がある日突然変わってしまった」という設定で始めることにしたんです。
――施川先生はSFもお好きですし、これまでに「世界にたったひとり取り残される」みたいな妄想をしたこともあったのでは?
施川 というか、もろに『アイ・アム・レジェンド』[注2]っていう映画の影響も受けているんですけど。
――リチャード・マシスンの『地球最後の男』[注3]を、ウィル・スミス主演で映画化した作品ですね。
施川 そうです。当初描いた1話目のカラー扉ページには犬がいました。映画を知ってる人はピンと来るかもしれません。あまりにそのまんますぎました(笑)。
――犬のキャラクターは、どうして消したんですか?
施川 この時点では、まだ先のストーリーが固まってなかったので、なるべく縛られる要素を少なくしておこうと思って。これが、連載開始直前の予告ページです。
――なるほど、「読めれば御の字」という(予告カットの右側にある)アオリは、あながち冗談でもなかったわけですか(笑)。この予告カットでは、まだミヤコがメガネ少女ですね。
施川 表紙用のカットは締め切りが早いので、そちらも最初はメガネ少女でしたね。頭身は若干、低くなってますが。
――なぜ、小学生女子という設定にしたんでしょうか?
施川 4コマの場合、頭身が低いほうがキャラを動かしやすいという事情があるんですよね。
――なるほど、結果的に4コマという形式があったからこそ、ミヤコのキャラクターが定まったという側面もあったわけですね。
施川 で、ギリギリになって描き直したカラー扉ページが、これです。
――見たところいつも通りの街なのに、ある日突然人がいなくなる……という設定は、とても恐ろしいですよね。
施川 最初は廃墟にするという案もあったんですけど、それは直接的すぎるかなと思って却下しました。
――世界にたったひとりになってしまっても、ミヤコのようにおもしろいことを見つけちゃうのが、不思議とリアルに感じられます。
施川 信じられないような変化にあっても、それが続けば日常になるんですよね。日常化したら、案外どんな世界でも普通に生きていけるんじゃないかなと。
運命に立ち向かう前向きさをラストで提示したかった
――そういえば『オンノジ』では、世界から人が消えた理由は、まったく説明されないままに進んでいきますよね。
施川 「謎解き」を本筋にするつもりはなかったんですよ。ただ、謎を提示しておいて、それをいっさい無視して話を進めるということこそが、ある種の「生きる知恵」なんだという意図はありました。
――謎に満ちた日常のなかで、キャラクターがどうやって生きていくかこそが主題なんですね。本当は中学生の男の子であるオンノジが、フラミンゴの姿になったのは?
施川 深い意味はないんですが、福島県でダチョウが野生化してウロウロしてるというニュースを見て……そのイメージは多少あったかもしれませんね。
――ミヤコとオンノジの2人に訪れる結末[注4]は、グッときました。「小学生と中学生なのに!?」とも思いはしましたが(笑)、こういう拠り所のない世界だからこそ、という説得力も感じました。
施川 突然出現した大きな卵も、とりあえず出してみた感じで、結局は最終回までネタをひっぱっちゃったんですけど。
――最終回の直前で卵が割れそうになる回は、めちゃくちゃドキドキしましたね。あのラストは、はっきりと決めていたんですか?
施川 連載の後半くらいから、なんとなく……ですけど。今とは別の案もあったんですよ。ミヤコとオンノジが死後の世界をさまよっていて、じつは生前は夫婦だったことがわかるとか。途中からミヤコが記憶を取り戻すとか。
――ラストに向かってのドラマティックな高まりは、施川作品の新境地という感想を抱きました。
施川 業田良家先生の『自虐の詩』[注5]がすごく好きなので、最後のほうで話が大きく動くという構図は、その影響が少しあるかもしれません。
――あ、なるほど! そう言われると納得です。すごく美しい物語になっていますよね……。
施川 いやいや、そういうのやめてくださいよ(笑)。まあ、謎は謎として置いておくというのは意図的だったけど、謎を仕掛けられている登場人物たちが、謎から逃げたまま終わるのはいやだったので、ラストの方にロケットを出したんです。人間の理解を超える、宇宙というもうひとつの謎に立ち向かい、自分で答えを見つけにいく、みたいな……前向きな締めかたにしたいという方向性はありました。
――『オンノジ』を描きながら、どんなことを感じていましたか?
施川 孤独感、ですかね……。「ヤングチャンピオン」のなかで浮いてるマンガだったし、そもそもコミックス出るのかな、とか。2人の孤独感にすごく共感して描いていたかも。
――そういう意味の孤独感ですか!(笑)
- [注1]『ドラえもん』の第1話 連載開始前、まだ主人公の姿すら決まっていなかった『ドラえもん』は、「机のなかから何かが飛び出してくる」というイラストのみを使った予告を掲載した。その経緯は、著者本人によるエッセイ漫画「ドラえもん誕生」(『藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん』第20巻に収録)に詳しい。
- [注2]『アイ・アム・レジェンド』 リチャード・マシスン『地球最後の男』の3度目の映画化作品で、フランシス・ローレンスが監督を担当。劇中にウィル・スミスが演じる主人公の愛犬として、シェパードが登場する。
- [注3]『地球最後の男』 米国のSF作家であるリチャード・マシスンによる長編SF小説。当初は『吸血鬼』という邦題であったが、70年代に改題、現在は3度目の映画化に合わせ『アイ・アム・レジェンド』の題名で文庫化されている。その展開や吸血鬼描写が、数々の傑作ゾンビ映画に影響を与えたと言われているほか、日本では藤子・F・不二雄が、本作にオマージュを捧げた「流血鬼」(『藤子・F・不二雄大全集 少年SF短編』第1巻に収録)という作品を残している。
- [注4]ミヤコとオンノジの結末 高まる緊張感の末に訪れる希望に満ちたラストシーンは、ぜひ単行本で確認を。
- [注5]『自虐の詩』 業田良家による4コママンガ作品。当初はオムニバスに近い形式で展開していたが、安アパートで暮らす幸江とイサオの夫婦を描いたエピソードが読者から高い人気を得てシリーズ化。現在、文庫版や愛蔵版は、幸江とイサオのシリーズのみでまとめられている。2007年には実写映画化もされた。