この物語のベースは、いわゆる「いちゃあま(いちゃいちゃ&甘々)」ものだが、陰間として少年期を過ごしたならば、なみなみならぬ理由があるわけで。しかも、百の場合は、実の兄・醒(さむる)が深く絡んでいる。人の道、いや陰間としての道からも外れた、切ない愛と別れがあり……。
百が慕う兄に卍が嫉妬を覚えるのも、愛の深さゆえ。百は百で、卍を訪ねて来た叔父の祝(いわい)に、ただならぬ秘密の匂いを嗅ぎつける。紋々(入れ墨)を背負い、纏(火消の道具)持ちを懇願されてもかたくなに断る卍のほうも、公言しづらい過去がありそうな気配だ。
2人とも、きっとどん底を見てきた者である。同じような立場の者を現代物で描くと、重苦しい話になりそうだが、そこは江戸らしく、昔は昔とばかりに平穏な「その後」を濃密な愛に生きる2人の姿は、刺激的で癒される。
じつは舞台となる文政末期は、天保の改革の少し前、陰間茶屋の流行が終わりかけている頃である。その陰影がさした雰囲気までもが、全体に漂っているかのよう。
時代もの、またはBLはちょっと……という人も、エイヤとばかり、薄暗がりに白く浮かぶ障子を、開けてみてくれまいか。きっと、今までになかった、でも待ち望んでいた、なまめかしい世界に出会えるはずだから。
<文・和智永妙>
「このマンガがすごい!」本誌やほかWeb記事などを手がけるライター、たまに編集ですが、しばらくは地方創生にかかわる家族に従い、伊豆修善寺での男児育てに時間を割いております。