話題の“あの”マンガの魅力を、作中カットとともにたっぷり紹介するロングレビュー。ときには漫画家ご本人からのコメントも!
今回紹介するのは『ヒストリエ』
『ヒストリエ』 第10巻
岩明均 講談社 ¥600+税
(2017年3月23日発売)
おそらく本編を読んだことがない人でも「ば~~~~~~~っかじゃねぇの!?」という名言は知ってるであろうマンガ『ヒストリエ』。発言者はハルパゴスという人で、主人公どころかレギュラーキャラでもない。
紀元前5世紀頃のイラン北西部にあったメディア王国に仕え、王を裏切ってペルシャに寝返った将軍である。細かい話は省略するが、王に騙されて自分の息子の肉を食わされたあとも表向きは忠誠を装い……との経緯があり、よく裏切らずに我慢したという感じだ(第1巻)。
描かれるエピソードは歴史家ヘロドトスの『歴史』に基づいた事実、セリフは現代人が共感できる作者の創作。作中の1エピソードに登場するにすぎない先述のハルパゴスだが、じつは『ヒストリエ』のあり方を象徴している。実在する場所ですでに起こったことを、現代の感性で「観察」した作品ということ。「どこか遠い世界で起こったこと」とピンボケしてた出来事が、「今、そこにある」ようにクリアに浮かび上がるのだ。
本作の舞台は紀元前4世紀の古代ギリシャの国々。主人公のエウメネスもまた、『プルタルコス英雄伝』に登場する実在の人物だ。マケドニア王国のアレクサンドロス大王に仕えたことで知られるが、前半生は不明。「有名だが謎だらけ」という、日本でいえば柳生十兵衛のような「空白を自由に埋めやすい創作向け」の人物だ。
歴史書では都市国家カルディアの出身とされているが、本作ではイラン系遊牧民族スキタイの出身と設定。そのため、エウメネスはどこに行っても「よそ者」だ。カルディアの富裕な家の次男として育ち、英雄譚や歴史書に耽溺して育った幼少期。しかし父が暗殺され、首謀者であるヘカタイオスが疑いを逸らすために、エウメネスが拾われたスキタイ人の奴隷だったと明かす。