武勇に優れたスキタイ族の血を受け継ぎ、まぶたに残る母の戦いに剣の振るい方を学ぶ。奴隷に堕とされても折れない心、奴隷船が流れ着いた村でも知識が重んじられてリーダー扱い。その能力は主人公にふさわしい。
が、エウメネスの優れた資質は、古代ギリシャの国々に起こっていたことを「観察」するうえで必要だった。紀元前には人権もなく、幸せな一家団らんが一瞬で惨殺の血で染め上げられ、奴隷に売り飛ばされて虐待の日々。その波間を泳いで歴史を見届ける「目」には、強さがなくてはならない。
エウメネスの生き方は、同じ作者で顔も似ている『寄生獣』の新一をどこか思わせる。新一も人を喰らう寄生生物と人類の間にあって、社会の変容を見とどける観察者だった。激動のなかでは「そこに立ち会う」ことは強き者にだけ許される特権だ。
かの賢者アリストテレスを凌ぐ知性を見初められ、フィリッポス2世(アレクサンドロスの父)に書記官見習いに抜擢されたエウメネス(第5巻)。ペリントス・ビザンティオン攻囲戦(第7〜8巻)やカイロネイアの戦い(第9〜10巻)といった名だたる戦場に立ち会い、アレクサンドロスの不思議な能力を目にもしてきた。
大きく見れば流れに乗ってきたエウメネスも、最新刊の第10巻では「観察者」ではいられなくなってきた。恋人のエウリュディケが王妃として召し上げられ、「王の左腕」の後継者も重たくて煙たいだけとマケドニアを去る。そう、彼もまた「英雄記」に描かれていた英雄のひとり。「観察者」の椅子から立ち上がり、自ら世界を変える新章が始まった!
今までの刊行ペースは2年に1冊。エウメネスの長い旅路に付きあうため、読者の我々も長生きしたいものです。
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)、『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』、『超ファミコン』(ともに太田出版)など。