もっとも207分の映画をわずか200ページに収めているために描写が相当に急ぎ足で、これはこれで短縮版といえなくもないのだが、展開のキーとなるポイントはあますところなく取りこまれていて、なおかつセリフもオリジナルのシナリオどおり。
ビデオソフトなどというメディアはまだまだ未来のもので、やっと観られたとしても各種場面が削ぎ落とされた160分版しかなかった時代だったからこそうれしい、見事にオリジナルを再現したコミカライズといえるだろう。
ついでに書くと、三船敏郎演じる菊千代が落武者狩りをしていた百姓たちをかばって弁舌を振るう、ある意味で前半のクライマックスともいえる場面があるのだが、映画ではここ、当時の音声技術と、なにより三船敏郎のくぐもった声質によって非常に聞き取りづらいのである。劇中、もしかしたらもっとも泣かせる場面にもかかわらず、だ。
だが、絵と文字で展開するコミカライズ版ならそこのところも問題なし。むしろ、セリフをはっきりと理解できるとともに、ケン月影の荒々しくも詳細なタッチによって、菊千代自身の索漠とした心象風景を、もしかしたら映画以上にすくいあげているといえる、かもしれない。
また、映画とははっきりと異なっている場面もある。それがラストの1コマに書かれた勘兵衛のセリフだ。ネタバレを避けるため詳細は避けるが、あの有名なセリフに続いて、勘兵衛は映画では口にしなかった言葉を述べる。
じつはこれ、黒澤明・小国英雄・橋本忍が手がけた脚本には書かれていたものの、完成した映画ではカットされていたセリフ。映画では先のセリフのあと、死んだ仲間たちの墓が映し出されて幕となるが、劇画版では復活したセリフと中央に描かれる絵によって、真の勝者がだれであるのかを強調。
単なるコミカライズでは終わらせない劇画作家の矜持すら感じられる、というのはいいすぎだろうか。
繰り返すが、そうはいってもあくまでも本作はわずか200ページで描かれたコミカライズ。『七人の侍』がどういう作品なのかを知りたければ、まずは原点となる映画を。本作はその副読本としてお楽しみいただくのがいいだろう。
その際には、可能であればシナリオも手元にあるとなおよし。そちらは『全集黒澤明』第4巻(岩波書店)等で。
七人の侍(2枚組)[東宝DVD名作セレクション]
黒澤明(監督) 三船敏郎 ほか(出演) 東宝 ¥2,700
(2015年2月18日発売)
<文・田中元>
最近はウェブ中心のライター。人の顔と名前を一致させるのが非常に苦手なため大所帯を把握するのはせいぜい『七人の侍』の7人程度が限界と思っていたが、欅坂46はあっという間に全員覚えた。