しかし主人公はあくまでもその力をスローライフの充実に注ぐ。氷魔法の応用でかき氷をつくったり、釣った魚の味付け用にと厨房へ転移して塩を持ち出したり、とまあ、なんとも地味ではあるが、丁寧な暮らしが心にしみる。また、料理人のバルトロにスパゲッティのつくり方を伝授し(これは魔法ではなく、小麦粉からつくる方法を教えた)村に広めて大好評を博したり、木材から「リバーシ」を作って家族を熱中させたりと、普通の魔法を越えて「みんなを幸せにする魔法」まで使えているかのようだ。
高層ビルが立ち並ぶ大都市では、欲しいものはお金さえあればなんでも手に入る。だが、そのお金を稼ぐためには、ときに魔物討伐よりも過酷な労働が降りかかってくるのだ。それよりも手間暇かけて欲しいものを手に入れる、人間らしい喜びを得たい……。RPGの舞台になるような中世風の豊かな自然と石造りの風雅な屋敷が立ち並ぶ世界にて、伊中雄二は大都市での身を削る戦いを捨て、アルとして満たされた生活を叶えたのだ。いーなー。
のん気そうな神様が「サンプル」「実験」などと口走っていた件は気にならなくはないが、何はともあれ、アルと一緒にスローライフを思いっきり堪能するのが、正しい異世界の歩き方では?
<文・和智永妙>
「このマンガがすごい!」本誌やほかWeb記事などを手がけるライター、たまに編集。とある学生街に在住し、いろいろと画策(だけ)しつつ、男児育てに追われる日々です。