日本語ラップを深く愛する著者による「美ー子ちゃん」は、ブームの加熱とともにSNS上で瞬く間に拡散されていった。
Twitterで発表した「美ー子ちゃん」と音楽フリーペーパーで著者が書いたコラムをまとめた同人誌は、オリジナルの評論/ギャグマンガとしては異例の速度で完売。
さらには恐ろしいことに、ネタ元である「日ペンの美子ちゃん」の権利元である学文社も「美ー子ちゃん」の秀逸さに注目。なんと服部にオリジナル「美子ちゃん」執筆を依頼し、服部は6代目「日ペンの美子ちゃん」作画担当として活動するに至った。
この結末は著者による、スタイルはスレスレ非合法ぐらいの逆転の思考法、の勝利といえるだろう。
そんな“懐かしテイスト少女マンガと日本語ラップ、話題の急接近MIX”こと「日ポン語ラップの美ー子ちゃん」が、ついに宝島社から商業単行本として刊行されることとなった。
取り上げているアーティストは、RHYMESTER、キングギドラ(KGDR)、スチャダラパー、ANARCHY、田我流、BAD HOP、Creepy Nuts(R-指定&DJ松永)、漢 a.k.a. GAMI、水曜日のカンパネラ、DJみそしるとMCごはん、KOHH、YOUNG HASTLE、キエるマキュウ、D.O、ちゃんみな、MIZARRY PSYCHO FREAXXX、TOKONA-X、いとうせいこう……と、メインストリーム/アンダーグランドを問わず、基本のクラシックから最新スタイルまで、幅広く揃っている。当然、描きおろし作品多数であり、マンガの横に配置された文章によるディスクレビュー(美ー子ちゃんによる解説という体裁)は、すべて単行本のために執筆された完全新規テキストだ。
ほとんど日本語ラップを知らないという人や『フリースタイルダンジョン』などのMCバトルブームから入ったライト層にも自信を持ってオススメできる名盤から、思わず「こんな音楽あるの? ……っていうか、あっていいの?」と声に出してしまう珍盤まで……。幅広く揃っていながらも、かなり紹介作品に偏りがあるのが、この単行本の特徴であり、その文字どおり“偏愛”ぶりこそが、現在の日本語ラップブームのなかで、濃いリスナーからも「美ー子ちゃん」が支持を受けた理由のひとつだろう。
作者の日本語ラップへの愛は、特に第1章「誤解されてる日本語ラップ」に顕著だ。
このレビューの冒頭、半分冗談で「『このマンガがすごい!WEB』を見ているマンガ好きは、きっと日本語ラップに偏見があるだろう」といったようなことを書いたが、実際の話、音楽にある程度詳しい人ですら、日本語ラップについては「黒人文化の猿マネでしかない」「ゲットー(貧困地域)のない現代日本でラップなど笑止千万」などと発言するフシが多く見られる。
それらあふれ返る半可通による否定的意見は、日本語ラップを支えてきた先人たちが、幾度となく説明してきたものばかりだ。
だが、本書で美ー子ちゃん(の姿を借りた著者)は、まさにMr.池上彰ばりに「またそこからですか……」と呆れ返りつつも、ひとつひとつ、丁寧に説明してくれているのである。
もしかしたら、日本語ラップという音楽ジャンルへの偏見に対する、この真摯な姿勢こそが、カバーイラストで美ー子ちゃんが笑顔で語る強烈なセリフ「ラップが今 日本でもっともまともな音楽よ」の真意なのかもしれない。
懐かしの「日ペンの美子ちゃん」風のタッチ(著者は正式な「美子ちゃん」作画担当なので、正確には“風”ではないのかもしれないが)で描かれる美ー子ちゃんが、周囲の人々を巻きこんで、日本語ラップを愛するがゆえに展開する騒動は、「あのCMってくそださいわよね」「にわかのお客様は帰っていただけますか?」「男子全員タトゥー入れたらどう?」「1千万あったら当然ハマーでしょ」「とりあえず轢くわ!」「ギャラの支払いは大事よ!」などなど、飛び出すセリフのすべてがパンチライン!
日本で今、もっともまともな音楽ジャンル——日本語ラップ。その(偏った)愛と知識が、丸わかりになる1冊だ。
<文・四海鏡>
石ノ森章太郎ファンのライター。好きな石ノ森作品は『番長惑星』など。ネオライダー世代。