「あの話題になっているアニメの原作を僕達はじつは知らない。」略して「あのアニ」。
アニメ、映画、ときには舞台、ミュージカル、展覧会……などなど、マンガだけでなく、様々なエンタメ作品を取り上げていく「このマンガがすごい!WEB」の人気企画!
そう、これは「アニメを見ていると原作のマンガも読みたいような気もしてくるけれど、実際は手に取っていないアナタ」に贈る優しめのマンガガイドです。「このマンガがすごい!」ならではの視点で作品を紹介! そしてもちろん、原作マンガやあわせて読みたいおすすめマンガ作品を紹介します!
今回紹介するのは、『リバーズ・エッジ』
近年のマンガ実写化ラッシュにおいて、この作品だけには触れないで……と懇願したくなる「聖域」があるとしたら、間違いなく『リバーズ・エッジ』は、その奥深くにそっと置かれていた作品だ。
93年3月号~94年4月号にかけて月刊誌『CUTiE』(宝島社)で連載され、当時大きな反響を呼んだ同作は、96年に著者の岡崎京子が不慮の事故により実質的な活動を休止して以降、ますます神格化されながらも現在まで、マンガ史に残る傑作として多くの人々に読み継がれてきた。
それを映画化するという困難に挑んだのは、日本映画界きってのヒットメイカーである行定勲。
これまでマンガ原作ものを撮ることを頑なに拒んできた彼が初めて手がけた今回の実写化作品は、何よりまず、原作の作品世界がそのまま再現されていることに驚かされる。
物語の舞台はバブルの弾けた90年代の工業地帯が見える川辺の街。
一見イマドキの高校生だが漠然とした生きづらさを抱えているハルナ(二階堂ふみ)。ゲイでいじめられっ子の山田くん(吉沢亮)。ハルナのボーイフレンドで山田くんを日常的にいじめている観音崎くん(上杉柊平)。モデルとして人々の羨望を集めながら影で過食嘔吐を繰りかえす吉川こずえ(SUMIRE)。ハルナの友人でハルナに内緒で観音崎くんとセックスしているルミちん(土居志央梨)。山田くんに一方的な好意を寄せる田島カンナ(森川葵)。
そんな登場人物も原作のイメージにぴったりで(なかでもSUMIREは有名人夫婦の娘でモデル活動をする自身の姿と重なり、圧倒的なリアリティと凄みあり!)。彼らの孤独や飢餓感が交わっては別れる、せつなくもやるせない空気感は、さすが「恋愛映画の名手」行定監督! と唸らされる。
「自分が生きてるのか死んでるのか分からないけれど この死体をみると勇気が出るんだ」「世の中みんなキレイぶってステキぶって楽しぶってるけどざけんじゃねえよって あたしにも無いけど あんたらにも逃げ場はないぞ ザマアミロって」といった台詞やモノローグもほぼ原作ママだが、20年を経て、古びるどころかますます鋭利に「今」に突き刺さる。
逆に、原作とは大きく異なるのが、物語の随所で監督による登場人物に対するインタビュー映像が挿入される演出。
「生きてるって感じるのはどんな時?」
「本気で人を好きになったことってある?」
シンプルながらも作品の本質を突く問いに、ごく自然体で答える彼ら。その瞬間、彼らの生きる世界が虚実を超えて、こちら側と重なる。そんなシンクロ感は、今回の映画版の大きな醍醐味だろう。
独特のカットやコマ割りが「映像的」と評された岡崎マンガだが、今回、ハルナと山田くんが河原で死体を見るシーンとルミと観音崎のセックスが交錯するシーンなどは、ほぼ原作そのままに映像化されている。だからこそ、生身の人間が演じる「実写化」の意味、あるいは原作が描こうとした「生の曖昧さや儚さ」が際立つ。
そして、原作よりも少しだけ希望を感じさせるラストシーンに流れる主題歌。岡崎京子の王子だった小沢健二が、現在の岡崎に捧げたラブレターのようなこの歌の存在によって、“あの頃”と今がつながり、未来へと続いてゆく。『リバーズ・エッジ』という作品が、そして、私たちの日常がそうであるようにーー。
原作に思い入れがある人も、そうでない人も、この唯一無比の世界観をまずは映画館で、そしてコミックで、体験してほしい。
『リバーズ・エッジ』を観たあとに……
今回、『リバーズ・エッジ』をさらに楽しみたいアナタに、読んでほしいマンガ作品を紹介しちゃいますよっ。
『リバーズ・エッジ オリジナル復刻版』岡崎京子
『リバーズ・エッジ オリジナル復刻版』
岡崎京子 宝島社 ¥820+税
(2015年12月7日発売)
ごく普通の女子高生である若草ハルナは、自身のボーイフレンドである観音崎にいじめられている同級生の山田くんを助けたことがきっかけで、彼から秘密を打ち明けられる。それは河原に放置されて朽ち果てた人間の死体だったーー。
バブル崩壊後の90年代の「平坦な戦場」に生きる若者たちの閉塞感とヒリヒリした刹那のリアルを、映画的手法を用いたスタイリッシュな絵と詩的モノローグで鋭利に描きだした青春群像。
『リバーズ・エッジ』のほかに、このマンガもおすすめ!
『ヘルタースケルター』
『ヘルタースケルター』
岡崎京子 祥伝社 ¥1200+税
(2003年4月8日発売)
素性不明の人気ファッションモデル・りりこは実は元デブの風俗嬢。美容整形手術で全身を作り変え、美貌を武器にトップスターへと昇り詰めるが、手術の激甚な副作用とストレスでやがて心身ともに蝕まれてゆくーー。
『リバーズ・エッジ』の吉川こずえがりりこに脅威を与える後輩モデルとして登場するなど、作品世界が微妙にリンクしているのも興味深い。2012年に監督・蜷川実花、主演・沢尻エリカで実写映画化。
『ヒミズ』
『ヒミズ』
古谷実 講談社 ¥552+税
(2001年7月13日発売)
不遇な現実を諦観しながらも平凡な人生を送ることを夢見ていた中学生の住田は、自身を虐待する父親を衝動的に殺害。夢をあきらめ「悪い奴」を殺すべく夜の街を徘徊するようになる…。
虐待、貧困、孤独など「不条理な社会」によって否応なく絶望へ追い詰められる少年の姿をシリアスに描いた、『リバーズ・エッジ』への古谷流アンサー的作品。2012年に監督・園子温、主演・染谷将太×二階堂ふみで実写映画化されている。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69