『軍靴のバルツァー』第1巻
中島三千恒 新潮社 \552+税
(2011年7月8日発売)
時は19世紀、世界が覇権を争う帝国主義の時代が舞台のミリタリーマンガだ!
産業革命の技術的大変化で戦争が大きく変わった時代。架空の軍事先進国・ヴァイセン王国のイケメン士官・バルツァー少佐は、エリート街道まっしぐら……だったが、突然、同盟国であるバーゼルラント邦国の士官学校へ派遣されることに。
このバーゼルラント、軍事的には二流もいいとこ。それを立派に戦える国へと鍛え上げるのがバルツァーの使命だが、いざ赴任してみれば射撃訓練は自粛中、武器や戦術も時代遅れのものばかりと、聞きしに勝る体たらくぶり! 愕然としたバルツァーは策をめぐらし始めるのだが……。
現実では、日本で戊辰戦争、アメリカで南北戦争、ヨーロッパで普仏戦争が起こった頃。小説・マンガ『皇国の守護者』や映画『グローリー』など、いわゆる「国民兵」が登場し始めた時代、およびそれと同じくらいの技術レベルの戦争を扱う作品は数こそ少ないものの名作も多い。
なかでも本作の特長は並外れた細密さにある。各巻末の設定紹介ページ「暮らしのワンポイント」からもわかるように、食べものから服装、武器や設備まで詳細な設定が作りこまれている。ヴァイセンのモデルが実在したプロセインとはいえ、その細かさに驚かされること間違いない。
この時代、蒸気機関の発明による産業革命が技術を急激に進化させており、ストーリーの核となる部分にそれら当時の新兵器が重要な役割を演じている。
代表的な兵器の変化に、前装式のマスケット銃と後装式のライフル銃の違いがある。バーゼルラントが使用するマスケット銃は、1回射撃するために火薬を詰め、そのあとに銃口から根元まで弾を押しこむ作業が必要で、射撃スピードは平均20秒だった。
一方、ヴァイセンのライフル銃はボルトアクション式。弾と火薬が一体となった実包を、銃の根元から簡単に装填でき、射撃スピードが平均5秒と格段の違いを見せる。
おまけに、丸い弾をただ発射するマスケット銃は100メートル程度の射程しかないが、先の尖った弾を銃身の溝で回転させながら発射するライフル銃は400メートル。作中でもこの2つの銃の違いを利用して、バルツァーは圧倒的不利な6人対50人の戦闘で勝利している。
また、これまで単発ずつしか発射できなかった銃火器に、大量の弾を一斉に撃つ銃火器が加わったのもこの時代だ。作中に登場するヴァイセン式斉射砲は、沢山の銃身にライフル弾を装填し、一斉に射撃する方式の砲。砲だけにとても重くて機動性は皆無だが、敵を制圧する能力が高い。作中では動けなくなった騎兵隊を壊滅させている。
ちなみに現実では、のちに登場する「連射可能な」ガトリング砲や機関砲・銃に駆逐される運命の斉射砲。この時代のみ見られる貴重な華といえる。
そのほかにも、鉄条網の利用や塹壕戦、蒸気機関車の登場や自転車の活用など、新技術の出現にいとまがないが、本作のすばらしさは軍事・技術ネタだけでは語れない。
「平和なんてものは次の戦争のための準備……」というセリフが表すように、平和時における国家間のつばぜりあいへの言及もまた深いのだ。この作品の醍醐味は、何層もの対立軸が複合的に絡みあう、物語の壮大さにある。