この作品は「決断」の物語だ。
久美子たちが奏でるのは、先ほども述べたようにユーフォニアムをはじめとした、低音楽器だ。正直、華はない。
しかし音楽を奏でる時に、中低音楽器はリズムを取り、基盤になるコードを整える、土台づくりという重大な役割がある。
ここに迷いがあったならば、演奏は成立しない。常に次の瞬間を決断し、全員を先導しなければいけないのだ。
久美子は、手を引かれるままに吹奏楽部に入部し、自分の意思がはっきりしないまま、またユーフォニアムを手にとった。
彼女はこれから、「全国大会に向けて全力を尽くす」のかどうか、決断しなければいけない。
「全国大会を目指す」のなら、口だけじゃだめだ。1年生の今から、自分の意思で決め、そのための訓練をする覚悟が必要になる。
かわいらしい絵柄に反して、ずっと緊迫した空気が漂っているマンガ。
特にうまいのは、久美子の表情だ。
彼女の顔は、「あたふたしている新人」の顔ではない。
ずっと「わかったうえで踏みきれていない」。まるでこめかみに銃を当てて、引き金を引けずにいるかのようだ。
幼なじみの塚本秀一と、今の部活の技術力について語るシーンは、意外にも辛辣でゾクリとする。
たとえ練習をサボっている人がいても、自分自身も何も選択してないのだもの、偉そうなことは言えない。
優柔不断という言葉でくくれない、歯がゆさと踏みきれなさの入り混じった表情が全編にわたって描かれる。
もうひとり、久美子と秀一と同じ中学出身の生徒がいる。高坂麗奈だ。
彼女は幼いころから今まで、ずっとトランペットを吹いている。
クールな印象をうける美少女だが、中学校の時には、全国大会に行けず、本気で涙を流し、悔しがる――そんな一面ももつ少女だ。
前に突き進んでいきたいと望む、高音域楽器の高坂麗奈。
みんなを支え押し上げていかねばいけない、低音域楽器の黄前久美子。
どちらも吹奏楽には欠かせない、重要なパートだ。この2人が、友情ではない不思議な感覚で引かれ合い、どのような関係性を築いていくのか。さらにそれが演奏シーンにおいて、どのように表現されるのか注目したい。
1巻ではまだ、冴え渡る麗奈のトランペットしか描かれない。
確かに吹奏楽の花型であり、印象に鋭く残るのは、高音域楽器だろう。
でも身体に染みるように、特に抱きしめてくるように優しい音を鳴らすのは、中低音楽器なんだぜ。
いつか久美子の重たい表情が晴れた時、紙面に流れはじめるであろう柔らかなユーフォニアムの音が楽しみだ。
『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ』担当編集者からのコメントです
<文・たまごまご>
ライター。女の子が殴りあったり愛しあったり殺しあったりくつろいだりするマンガを集め続けています。
「たまごまごごはん」