世の中には平穏に暮らすのが何よりの幸せだと感じる人と、たとえリスクを背負っても好奇心を満たしたいと思う人がいる。
ヒロインの杏はまさに後者。いやというほど聞かされてきた「山の向こうは“あの世”で、人間は生きてそこに行くことはできない」という村の常識を、その通りに受けいれることができないのだ。
なにしろ、空を舞う鳥たちには「境界」はない。「鳥はあの世とこの世をつなぐ“乗り物”だから」と教えられてきたものの、納得できないのが杏である。
そんなある日。山の向こう……すなわち「あの世」から飛んできたとんびが、彼女の手元に布袋を落とす。
その中に入っていたのは、植物の種らしきもの。手が届かないはずの世界からの“メッセージ”を、杏は自分だけの秘密として大切にしようと決意するのだ。
そんなおり、杏の周辺はにわかに慌ただしさを帯びていく。
父の命を狙う、異形の子どもの出現。「凶作」の予言に脅え、神の怒りを鎮めるために“しきたり”を破った犯人探しを始める大人たち……。
ある晩、家に潜んできた異形の子どもの後を追いかけて、杏はついに山へと向かう。知ろうとすることがタブーの世界において、それが二度と平穏な日々に戻れない行為だとうすうすわかっていても。
こうした「なぜ?」を貫く勇気が、人間を更新してきたのだと思いをはせずにいられない。
決まりさえ破らなければ村を守るという名目において、山の上から村人たちを“監視”する神々の不気味な姿は示唆に富んでいる。
「夜は外に出てはならない」「山の向こう(=あの世)を知ろうとしてはならない」「人生は50歳まで」と決めるのはいったい誰なのか。
因習にとらわれた村の昔話として読んでいたはずが……話が進むうちに我が身に走るゾクゾク感は天下一品。
第1巻ラストの驚愕のヒキはマンガ史に残るであろう名場面だ!
『ランド』著者の山下和美先生から、コメントをいただきました!
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
ブログ「ド少女文庫」