話題の“あの”マンガの魅力を、作中カットとともにたっぷり紹介するロングレビュー。ときには漫画家ご本人からのコメントも!
今回紹介するのは『さらば、佳き日』
『さらば、佳き日』著者の茜田千先生から、コメントをいただきました!
『さらば、佳き日』第1巻
茜田千 KADOKAWA ¥650+税
(2016年1月15日発売)
桜舞い散る春の日に、引っ越してきた仲睦まじそうな若い男女。新居のネームプレートには「広瀬桂一」、その下には「晃」と下の名だけがある。
大家さんがそう尋ねたように、だれの目にも2人は新婚の夫婦にしか見えない。しかし、笑顔で「そうなんです」と答える晃の顔に落ちる影が、それが事実ではないと物語る。
読み手の胸をざわつかせる繊細な表現力に引きこまれてしまうイントロだ。
絵本出版社に勤める桂一と、保育士の晃。引っ越し早々てきぱき家事に精を出す晃と、のんびりと床に転がって本を読む桂一の姿は平和な家庭のムードでいっぱいだ。
しかし、バイブ音を鳴らし続けるスマホを無視する、桂一の目に一瞬暗い表情が浮かんで……彼らがなんらかの事情を抱えていることを決定的に突きつけられる。
そう、2人はじつの兄妹なのである。
説明的なモノローグをいっさい使わず、日常的な描写のなかで2人のバックグラウンドを少しずつ開示していく演出が心憎い。いや、こうした語り口だからこそ2人の心の奥底にある重苦しさにリアルに共鳴できるのだろう。