吉本は「自分と違った事情を抱える人たちに感情移入する力」が常人よりもずば抜けている。『ブラックジャック創作秘話』での手塚治虫しかり、『さんてつ』での災害から前向きに立ちあがった駅員に対する思い入れもそうだ。
それが日本中を騒がせた“(聴覚障害者)”である佐村河内守氏に向けられたことで、ドキュメントを超えた新境地に踏みだしている。
テレビやネットでイジられ倒した人物に対して、彼のいう感音声難聴(音がゆがんで聞こえる)は本当ではないか……とフラットな目で見られる感性は貴重だ。
が、佐村河内氏に取材を申し入れたところ、そこでひと悶着が……!? しかも、吉本の取材時期がちょうど森達也監督の映画『FAKE』の撮影期間にかぶってしまい、取材をするなら、著者や同伴する編集者もカメラの前にさらされるという事態に!
しかし、そこで前面に出てくる「吉本浩二」というキャラクターがとてもおもしろい。上京してからテレビ番組のADをやっていて、ドキュメンタリー番組をつくりたかったが志なかばで諦めてしまった。それだけに尊敬しているドキュメンタリー映画の第一人者・森監督に撮られたらどうしよう……と苦悩に悶える。
佐村河内氏の取材をめぐって、寝てもさめてもピリピリ。「こんな私小説みたいなことを描く漫画家だっけ」……と作風まで変えるほどの悩みっぷりが新鮮だ。
取材の顛末は、実際に本を手にとって確かめていただきたい。
マンガは聴覚障害者にとって100パーセント目から楽しめる、モグモグやミーンミーンといった「擬音」も含めたすばらしいメディアだ。
が、このドキュメンタリーマンガがすばらしいのは、全身全霊で取材対象に向きあう「吉本浩二」という作者のおかげである。
<文・多根清史>
『オトナアニメ』(洋泉社)スーパーバイザー/フリーライター。著書に『ガンダムがわかれば世界がわかる』(宝島社)、『教養としてのゲーム史』(筑摩書房)、共著に『超クソゲー3』、『超ファミコン』(ともに太田出版)など。