複雑化する現代。
この情報化社会では、日々さまざまなニュースが飛び交っています。だけど、ニュースを見聞きするだけでは、いまいちピンとこなかったりすることも……。
そんなときはマンガを読もう! マンガを読めば、世相が見えてくる!? マンガから時代を読み解くカギを見つけ出そう! それが本企画、週刊「このマンガ」B級ニュースです。
今回は、「巨匠・手塚治虫のエッチな遺稿が公開されちゃった件」について。
『新潮 2016年12月号』
新潮社 ¥954+税
(2016年11月7日発売)
2年前、手塚治虫の仕事場の机とロッカーから大量の遺稿が発見された。
手塚の死後25年ぶりに日の目を見ることになった遺稿は、実娘の手塚るみ子氏のツイートによると「えろちっくなカットがどっさり」「田中圭一も真っ青な卑猥なイラストもあり」。
なんと手塚本人がひそかに描きためていたエロいイラストが多数含まれていたのである!
その一部が「新潮」12月号(11月7日発売)に特集「手塚治虫のエロティカ」として掲載されると、全国の書店で売り切れが続出。
発行元の新潮社によると普段の1.5倍も刷ったところ、それでも品薄になっているのだから、これはたいへんな売れ行きである。
筆者もさっそく入手して目を通してみたところ…………、
…………
えーっと……。
マジっすか!!!!!!!!!!
今回公開されたイラストは29点。その大半は、動物が人間に変化(メタモルフォーゼ)する過程が描かれたものだ。
変化の途中、たとえば人間の女性のオッパイを持つネズミとか、オッパイを持つ魚とか、きわめてマニアックなエロスの洪水である。
いや、そのへんはまだわかる。
しかし、メタモルフォーゼの途中でオッパイだけ飛び出た肉塊だったり、女性の裸体の股間にタヌキの顔がくっついていたり……。
このあたりは、どういうことなのかサッパリわからない。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分だ。
声を大にしていいたい。必見である。
とはいえ、父親がひた隠しにしていたエロ絵が娘によって見つけられ、さらに公開されるというのは、トンでもない事態だ。娘としては鬼だが、いち手塚ファンとしては最高の仕事である。
手塚るみ子さん、本当にありがとう!
それにしても、何か大事なものを隠そうとしたら机のなか、というのは〝神様〟もわれわれといっしょだったところがほほえましい。
そこで今回は、マンガの世界では人は机のひきだしのなかに何を隠すのかを探っていく。
題して「ひきだしマンガ特集」である。
『ひきだしにテラリウム』
九井諒子 イースト・プレス ¥760+税
(2013年3月16日発売)
まずは『ひきだしにテラリウム』。
『ダンジョン飯』が昨年の「このマンガがすごい! 2016」オトコ編で1位になった九井諒子の短編集である。
短編集……といっても、収録作品数はなんと33編。わずか数ページで完結するショートショートが多数収録されているので、どこからでも気軽に読めるのがうれしい。
SFあり、ファンタジーありと、なかには星新一を思い起こす読者もいるだろう。
それでいながら、ショートショートをメタ的に切り取った「ショートショートの主人公」という作品もあって、九井諒子のマンガ巧者っぷりをまざまざと見せつけられる。
ちなみにこの短編集には表題作が存在しない(「ひきだし」はある)。
いうなればこの33編が「ひきだしに収まるようなテラリウム(動植物を栽培・飼育する容器)」ということなのだろう。
エロティカではないがシャレオツである。
『ドラえもん』 第1巻
藤子・F・不二雄 小学館 ¥429+税
(1974年7月31日発売)
ひきだしにものを隠せればいいが、それができない場合もある。
それはどのような状況か?
ひきだしが四次元につながってしまったケースだっ!
藤子・F・不二雄『ドラえもん』は、22世紀の未来から猫型ロボットのドラえもんが、20世紀の野比のび太の家にやってくる(第1話「未来の国からはるばると」)。
以来、のび太の机のひきだしは、タイムマシンが常駐する四次元空間になってしまうのだ。
のび太は学校のテストで悪い点を取ったときに、ことごとく母親に見つかってしまうが、それはひとえにドラえもんに「隠し場所」を占拠されているからに違いない。
おのれタヌキ、のんきにモチなんぞ食いやがって!(第1話参照)
『DEATH NOTE 完全収録版』
大場つぐみ(作) 小畑健(画) 集英社 ¥2,500+税
(2016年10月2日発売)
ひきだしにものを隠すのはいいとしても、そのガードが厳重すぎても困る。
手塚の場合はカギをかけてあるだけだったが(それでも25年間も開けられることがなかったが)、なかにはひきだしにトリックをしかける奴もいる。
それは『DEATH NOTE』(大場つぐみ・作、小畑健・画)の主人公・夜神月(ライト)だ。
月はひきだしを二重底にしてデスノートを隠し、さらに正当な手順を踏まないと発火して証拠が隠滅する仕掛けを作成した。
この仕掛けが奏功する機会には恵まれなかったものの、場合によっては家が全焼する恐れもあったのだ。
そうなったら総一郎、悲しい。
息子が「新世界の神」とか厨二病っぽいこといい出しちゃうし、総一郎かわいそう。
『秋田文庫 The best story by Osamu Tezuka どろんこ先生』
手塚治虫 秋田書店 ¥562+税
(2000年9月発売)
そして最後に紹介するのは、やはり手塚治虫である。
『机の中へこんにちは』は昭和43(1968)年に学研「中二コース」に掲載された作品。
優等生の委員長の保勢(ほせ)が、転校生の女番長・軽目(かるめ)に振りまわされる……という読者層を意識したストーリーだが、中盤以降、じつは軽目は名家の娘でしつけが厳しく、保勢こそネコをかぶった不良であった。
まだ2人の「本当の姿」が明らかになる前、保勢の机のなかには軽目からの手紙が入っていた。保勢が軽目に呼び出されて向かった先はゴーゴークラブである。
軽目は上着を脱ぎ捨て、バンドのミュージックにあわせてダンスするのだが、踊れない保勢はソファに座って「なんだかカルメは人間がかわったようにハツラツとしている」などと思いながら踊る彼女をボンヤリと眺めているのだが!
腰をくねらせながら踊っている軽目を描写するシーンに、鳥(足だけは女性)や子鹿(顔だけは軽目)のイメージカットが挿入されるのだっ!
なんでっ!? なんでここで変化するのッ!?
手塚先生っ!
なまめかしい女性を描くとすると、やっぱり動物になっちゃうンですかッ!!
やっぱりメタモルフォーゼなんですかッ!!!!
なお、この『机の中へこんにちは』は、講談社「手塚治虫漫画全集」では188巻『マグマ大使 3』に、秋田文庫版なら『どろんこ先生』に収録されているので、この“いきなりエロティカ”をぜひとも味わってほしい。
新潮社によると「新潮」12月号はすでに重版が決定したという。11月19日以降、順次書店に並ぶようなので、まだ見ていない方は忘れずにチェックしよう。
なんだか見てはいけないものを見てしまったような気分を、ひとりでも多くのマンガファンと共有したい。
あらためて声を大にしていおう、必見である。
マンガの神様は、本当にエロティカであったッ!!
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama