日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』
『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ』 第8巻
大西巷一 双葉社 ¥620+税
(2017年5月12日発売)
乙女、というのは少女を指す文語的な表現で、「乙女戦争」なんていったら、華やかな女の子たちがキャーキャーいいながら戦争ごっこをやってる様子が想像されるかもしれない。
たしかに、本作には“華やかな女の子たちがキャーキャーいう”描写はある。
しかし、描かれるのは“戦争ごっこ”ではなく、一部でその熾烈さが有名な“フス戦争”だ。
まだ人権などという概念すらなく、前線に飲みこまれた民家では略奪、放火などの暴力が渦巻く。
そんなところに可憐な“少女”がいたならどうなることか、懸命な読者であれば理解してしまうだろう。
本作は冒頭、住んでいた村が襲われ、主人公の少女が巨漢の兵士に殺されかける(ひどすぎて細かく書けない)ところから始まる。
著者の描く幼女のあどけなさと繊細さは見事なもので、彼女に感情移入しようとすると本作は本当につらい。
幸か不幸か一命をとりとめた少女は、教皇や神聖ローマ帝国皇帝らと対立する“フス派”という民主化運動の少年兵の一員として戦火に身を投じていくことになる。
織田信長を思わせる、時代を超越した軍事的天才ヤン・ジシュカのダークなキャラクターにシビれるもよし、歴史に詳しい著者が描く、わかりやすくもマニアックにデフォルメされた15世紀の入り組んだ各国の勢力図の蠢きを眺めるもよし、様々な力がからまりあって展開していく大きな時局のもとで、先のわからない暗黒を明るく生き抜く主人公たちをハラハラしながら見守るもよし、本作はじつに多面的に楽しむことができる。
それにしても今度の展開はまたさらに衝撃的だ。
まだ10代の少女である主人公が拷問にかけられ、死刑を宣告される。それを生き延びるには「妊娠している必要がある」。
おぞましい運命、といってしまえば簡単だが、彼女は喜んで子どもを孕むことにする。
こう書くと、今どきの能天気なエロマンガかと誤解されるかもしれないが、そういうことではない。
たび重なる苛酷な経験が彼女に刻んだ深い絶望と、それを絶望というよりそれでも生きていくための“条件”として耐え抜いてきたからこその受け入れ、なのだろうか。
壮絶という言葉ではまだ生温い。
狂気と呼ぶことすらはばかられるほどの天使的な明るさで、彼女は運命を“受け入れ”て、生き延びる。
正気とか狂気とかいう話ではないんだ。だって戦争だもの。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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