『ジャバウォッキー』第6巻
久正人 アース・スターエンターテイメント \595+税
西部開拓時代。
それは「物語の中の西部」が開拓される過程でもあった。
神と家族を頼りに自然と戦う開拓民、“高潔な罪人”として生きるガンマン、悪役または従順な友としての先住民……それらは東部人の道徳意識をくすぐり、現実社会に影響を与えた。
その虚構の西部に深い関わりをもったウィリアム・F・コディーの生まれた日づけが、2月26日だ(1846年)。
コディーはバッファロー狩りにすぐれ、ついたアダ名が「バッファロー・ビル」。
ワイルド・ビル・ヒコックの救出やカスター中佐の仇討ちなど南北戦争時の武勇伝をかなり盛って喧伝した彼は、それをショーとして興行化、人気を博した。
彼の「ワイルド・ウェスト・ショー」は、欧米のエンターテインメントの由来をたどるうえで重要な通過点にあたる。
そして、このバッファロー・ビルが出てくるマンガが久正人の『ジャバウォッキー』だ。
時は19世紀後半。人類社会の陰に、二足歩行に進化した恐竜の裏社会が存在しており、歴史上の有名事件に恐竜の関与があったという設定。
人と恐竜の共存のため、種族間の犯罪を元殺し屋の美女と片腕義手の恐竜男が解決する国際スパイ活劇で、架空歴史の趣向は同作者の『ノブナガン』に通じる点が多い。
恐竜は人間から奴隷扱いされるが、主人公コンビのひとり・サバタが属するオヴィラプトルは「恐竜の卵を食う恐竜」とレッテルをはられ、恐竜のなかで迫害される種。
また、リリーは人間だが情報機関で男の寝首をかく汚れ役を押しつけられ軽蔑されてきた過去をもつ。
一面の差別・被差別ではない、複雑な入れ子と対比のドラマを描くのが本作の魅力だ。
バッファロー・ビルが登場するのは本作の終盤(第6~7巻)。
恐竜の秘密結社がエジソンや自動車王・フォードを誘導して戦争の火種を仕こむ筋で、ビルはショーを隠れ蓑に陰謀を探る部隊の長である。
現実のガンマンや先住民を単純なキャラクターに虚構化したバッファロー・ビル。
そのビルが、フィクションを通してリアルで複雑な差別構造を描くマンガのキャラになっているところに、本作のおもしろみと深みがあらわれている。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7