倫子、33歳。恋も仕事もなんだかうまくいかないことばかり……。楽しみは「女子会」と称して仲のよい女友だちと3人で飲んだくれること。「たられば」ばかり言っていたらいつの間にかアラサーになってい倫子たちの前に毒舌金髪の超絶イケメンが現れる――。
連載がスタートするや、アラサー女性を中心に「あるある!」と共感を呼ぶ一方、「痛い、痛すぎる!」と悲鳴をあげさせた『東京タラレバ娘』。東村アキコ先生ならではの「女子」に対する鋭いツッコミと愛のムチが炸裂する本作は、「このマンガがすごい! 2015」のオンナ編で堂々の2位にランクイン! さらに、自伝マンガ『かくかくしかじか』もオンナ編で7位にランクイン!!
今回のインタビューではこれを記念し、前・後編でそれぞれ2作品についてお話をうかがった。まずは、絶好調の『東京タラレバ娘』について、インタビュー前編スタート!
「いつか運命の相手が現れる」なんて、幻想を打ち砕く!?
――「このマンガがすごい!2015」オンナ編では、『東京タラレバ娘』が2位、『かくかくしかじか』が7位と2作がベスト10位内にランクイン。本誌創刊以来の歴史を振り返っても、東村先生ほどのランキング常連はいないです[注1]。
東村 本当にありがたいです!
――『かくかくしかじか』[注2]はなんと3年連続のランクイン。同じ作家さんの作品は票が割れてしまいがちなのですが、『東京タラレバ娘』も非常に勢いがありました。「Kiss」(講談社)では『海月姫』[注3]も連載が続いていますが、『東京タラレバ娘』はどのように立ち上がったのでしょうか。
東村 講談社のパーティーの時に、編集長に「今、描きたいネタがあるんですよ」と話しまして……その場で、友人の結婚できないアラサー女たちの話をしたら、涙を流して爆笑して。
――単行本のあとがきにも描いていらっしゃいましたが、主人公たちには実在のモデルがいるそうですね。
東村 彼女たちが言うのは「出会いがない」「イイ男がいない」「結婚したい」この3つだけ。みんなそこそこきれいな都会の女性なんですけど、話してるとツッコミどころ満載なんですよ。ひとことで言えば「いつまでイイ男待ちしてるの?」ってことなんですが。
日頃、彼女たちに言いたくてたまらないツッコミを加えて話したら、編集長が「それ、おもしろいから早く読みたいよ。『海月姫』と同時にでもやっちゃったほうがいいんじゃない?」って言ってくださったんです。たしかに『海月姫』が終わるのを待っているとけっこう始めるのが先になっちゃうので……。
――熱が冷めないうちに、というわけだったんですね。今、モテない男女を描いたマンガってけっこうありますけど、この作品はどこか異彩を放ってますよね。
東村 多くの作品は「でも、いつかは運命の人と出会える」っていう希望を描いてるんだと思いますよ。それはマンガの醍醐味だと思いますが、私が描きたいのは逆のことで(笑)。
――タラレバたちの、いっさい希望を持たせない言葉がグサグサきますよね。このキャラクターたちも秀逸です!
「タラレバ」の生みの親は東村先生のお父さん……あの“健一さん”だった!!
東村 じつは、この「タラレバ」が出てくるきっかけを作ったのはうちの父なんですよ。
――えっ、東村先生のお父様ということは、つまり……『ひまわりっ 〜健一レジェンド〜』[注4]の健一さんってことですよね?
東村 そうです。連載を始める前は、『エンドレス・パーティー』っていうタイトルにするつもりだったんです。ずっと合コンしてたり、ずっと女だけで飲み会してるっていう意味あいで、東京っぽくていいじゃんって。なんですけど、ふと父におうかがいを立ててみようかと思ったんです。ときどきタイトル案を考えてくれるので。
――話の筋を説明して、考えてもらうんですか?
東村 簡単にですけどね。「必死に婚活してる結婚できない女の話」というくらい。そしたら、いくつか考えてくれまして……『ハイブリッド・ラブ』『ラビリンス東京』とか。父のイチオシは『愛のパルテノン』だったんですけど(笑)。そのなかに『タラレバ・ウーマン』というのがあって。私、そもそも「タラレバ」って言葉を知らなかったので、「タラレバってなに?」って聞いたんですよ。
――ちょっと古い言葉ですもんね。
東村 そうしたら、父の世代は「たられば言うとっても仕方ない」っていうのを決まり文句みたいに使っていたと。「あの時こうしてれば、あの時こうだったらと言ってても意味がないでしょって」と聞いて、「これだ!」とひらめいたんです。まさに「タラレバ」はこの作品のテーマをひとことで表してると。
――「ウーマン」を「娘」に変えたわけですね。
東村 そこは、「東京ドドンパ娘」[注5]みたいなイメージですね。1964年の東京オリンピックの時代、60年代のレトロな雰囲気が浮かんだので、そこにひっかけようと。この作品では、「オリンピック」が重要なキーワードでもありますし。
――「タラレバ」をきっかけに、いろんなイメージがつながったんですね。
東村 父にはホントに感謝してます! このキーワードが出なかったら、もっとトレンディでアーバンな感じの作品になってたと思うんです。
――タイトルありきで、このタラレバキャラが生まれたとは驚きです!
東村 日頃の大衆居酒屋通いがいかされましたね(笑)。両親が来てくれる時に子供を預かってもらって、ダンナやアシスタントさんと大衆居酒屋に行くのがホントに大好きで。
――タラの白子とレバーは実際に先生の好物なんですか?
東村 はい。最初は、タラのほうは明太子にしようかなと思ったんですけど、生々しさが足りないので白子にして。「昔はなんであんなにシーザーサラダ食べてたんだろう?」っていうのも私の本音です。
ある時から個室ダイニングとか創作料理居酒屋にはまるで行かなくなりましたね。バーニャカウダとか、氷に野菜スティックが刺さってるとか、もどかしいんですよ。やたら高そうな大皿とかオシャレなプレートに盛りつけられてるのにリアクションするのも(笑)。
とにかくいきなり生々しいものをガッと食べて、酒で流しこみたい!
――まさかタラやレバーがしゃべる幻覚が見えたりするとか(笑)。
東村 私はお酒強いんで、そこまで酩酊しないんですけど。でも、いっしょに飲みにいく友だちはかなりマンガっぽい酔いかたするんで……停まってる車に何か言いながら向かっていったりとか。そういう人を見てると、きっと何か幻覚見てるんだろうなと。
――タラレバたちって、最初にしゃべり出す時はかわいらしいキャラクターじゃないですか。それが突如豹変して、ズバズバ核心を突き出すのがたまりません。
東村 これは、ごっちゃん(息子)と見てる「cartoon network」[注6]っていうアメリカのアニメの影響かもしれません。子ども向きなんですけど、かわいいキャラが急にアナーキーなこと言ったりするようなのがあるんです。
――なるほど、言われてみれば日本ではそういうノリは珍しいのかもしれません。
東村 この子たちがいくらひどいこと言っても、そう悪者っぽくならないのも描きやすいですね。そもそもは自分の幻覚で、自分の心の声なわけだから。ほかの食材が思い浮かべば、さらにキャラが増えていくかもしれません。
- 注1 「このマンガがすごい!2006」のオンナ編で『きせかえユカちゃん』が8位、2007年版のオンナ編で『きせかえユカちゃん』が16位、2010年版のオンナ編で『ママはテンパリスト』が3位、2011年版のオンナ編で『海月姫』が3位、2013年版のオンナ編で『かくかくしかじか』が5位、2014年版のオンナ編で『かくかくしかじか』が5位……と毎年のように東村作品がランクインしている。
- 注2 『かくかくしかじか』 「Cocohana」(集英社)にて2012年1月号から2015年3月号まで連載された東村アキコ先生の自伝マンガ。女版『まんが道』という想定で、自身の思春期から恩師・日高先生との出会い、日高絵画教室での日々、漫画家としてデビューし有名漫画家になるまでを描く。
- 注3 『海月姫』 「Kiss」(講談社)にて2008年21号から連載されている東村アキコ先生の作品。クラゲオタクのさえない女の子とおしゃれ女装男子が繰り広げるラブコメディ。2010年10月から12月にかけフジテレビ『ノイタミナ』枠でテレビアニメが放送され、2014年には能年玲奈主演で実写映画化されるなど大ヒットした。スピンオフ作品として『海月姫外伝 BARAKURA~薔薇のある暮らし~』がある。
- 注4 『ひまわりっ 〜健一レジェンド〜』 「モーニング」(講談社)にて2006年第2号から2010年第6号まで連載されていた東村アキコ先生の作品。自身の大学卒業から漫画家デビューまでを実話を交えつつ描いたギャグコメディ。とにかく、天然KYキャラの健一お父さんが存在感ありすぎる。
- 注5 「東京ドドンパ娘」 1961年に渡辺マリがヒットさせたリズム歌謡。
- 注6 「cartoon network」 アメリカを本拠地に世界配信を行っているアニメ専門チャンネルのこと。日本で放送された作品として『トムとジェリー』『チキチキマシン猛レース』『パワーパフガールズ』などがある。