日本中の独身女性を戦慄させた問い――「2020年の東京オリンピック、あなたは誰と迎えるの?」
――もうひとつ、本作の重要キーワードが「オリンピック」ですが、「2020年のオリンピックの時に自分はどうしているか」という問いも、絶妙に読者に訴えかけてきますよね。
担当 (「Kiss」) 1話目が掲載された時、読者の方から「オリンピックまであと6年」という言葉に対して、すごく反応があったんです。自分の6年後というのは想像できてしまうギリギリで、かなり身にしみるものだったようで。
東村 6年後というのが絶妙だと言われましたね。これも現実のエピソードがもとになっていて。ちょうどオリンピック開催が決まったニュースが流れた時、仕事場で独身のアシスタントさんたちに言ったんです。「みんな、オリンピックどうすんの?」って。
開催が近づくと「オリンピックまであと○日」という看板が立ち始めるでしょ。私はきっと子どもと「楽しみだね」って言いながら歩くんだろうなと。夫婦やカップルも「この人といっしょにオリンピックを体験するんだろうな」とか「その時もいっしょにいたいね」と思うわけですよ。
そこで、彼女たちに言ったのが、「あんたたち、その看板の前を見ないふりしてスーッと通るわけ?」と。
――たしかにここまで大きなイベントごととなると……いっしょに盛り上がる相手がいないのはキツイです!
東村 同時に、婚活系の女子たちはどうするのかな、と思ったわけです。「宝塚があれば幸せだから恋人なんていらない」という人はいいんですけどね。『海月姫』的なワールドで満たされてるわけだから。
――ちなみに、倫子たちのモデルになった方々の『タラレバ娘』を読んだ感想は?
東村 読んで、打ちのめされて……「緊急集合して女子会飲みしてます」って。だからそれじゃダメなんだよー(笑)。
――タラレバたちの一喝や、「オリンピックまであと○年」という言葉に刺激されて、戦々恐々としている人たちがどれくらいいることかと思います!
東村 「これを読んだおかげで現実が見えて、そこそこのとこで妥協して高校の同級生と結婚しました」って報告してもらえたらうれしいですよね。
――倫子たちはいろんな酷な目に遭うじゃないですか。読者はそれを読みながら学習していけるのですごい啓蒙書だと思いますが。
東村 「妥協」という名の学習をね。
――「もっといい女になれば結婚できる」を全否定していますしね。
東村 今20歳の子ならともかくですが。30代としては、倫子たちはすでに一応“MAXいい女”なんですよ。ただ、年はとっていく一方で、ここでどうするかっていう話。言いたいのは「男の人を見る目を磨こうよ」ですね。
担当 20代や10代の読者が「これは○年後の私だ」とツイッターなどでつぶやいてるのを見かけるので、若い女子には注意喚起になってるかもしれませんね。
――その年頃に『タラレバ娘』で学べたら最高ですよ。
東村 友だちで、ちょっと前に10年くらいつきあった彼氏と別れちゃった子がいるんです。彼女が「東村さん、私『タラレバ』読んで気がついたんですけど……あの人でしたわ」って。
(一同爆笑)
東村 「もうやり直しきかないの?」って聞いたら、相手は田舎に帰ってそっちでもう見つけちゃったらしいと。結婚の話も何度か出てたのに、もっといい人がいるんじゃないかという欲だったり、仕事の流れとかがあって先送りにしてた挙げ句だそうです。
「終わったね」としか言えませんでしたけど。「これからもっといい人見つかるよ」なんて、無責任なことはとても……。
――10年つきあってわからなかったことが、この1冊でわかっちゃうなんて。そこは東村先生の態度と同じで、まったく気休め的な慰めが書いてないからでしょうね。その方がオリンピックにどんな思いを馳せているかと思うと心が痛みます!
東村 そういえば、オリンピック絡みでおもしろいことがあって。この、ちゅどーんのシーン。これ、うちのダンナの仕事場のマンションなんです。
――え、なぜそんなことに!?
東村 ここを描いてる時、ダンナが家事をやってくれなくてムカついてたんで、マンガで仕事場を爆破してやろうと(笑)。これ、原宿のマンションなんですけど、黙って写真を撮りに行って……。
――うーん、マンガっていろんなことができるんですねぇ(笑)。
東村 ここに住んでる方には申し訳ないんですけど。これが、じつは昔の東京オリンピックの時に宿舎だったビルだそうなんですよ。
――くしくもいろんなことがつながってますね。
東村 原宿に住んでいると、オリンピックのなごりが街のいろんなとこにあるのがわかるんですよ。近くに国立競技場がありますからね。私が前に住んでいたマンションも、当時プレス用の宿泊所になっていたところで。
――このシーンは、オリンピックをぶっ壊したいという意味も含めていたんですか?
東村 いえ、気づいたのは描き終わってからです。「あれ、このマンションってそういえばオリンピックの象徴だよね」と。なんか伏線ぽくなってて驚きました。
――なんだかゾクッとしますね。マンガの神がついてるとしか言いようがありません!
紙に描いた瞬間に出現した ドSキャラ・KEY
――ところでKEY(キー)のキャラクターはどのようにできていったのでしょう。
東村 最近、若い男の子と知りあうことが多くて……いや、変な意味じゃなくてですよ(笑)。この年になると知りあいの息子さんとかがもう20歳くらいだったりして、サインもらいにきたり仕事場に遊びにきたりして。そういえば私、若くてかわいい男の子ってあまり描いたことないなと思ったんです。
――そういえばそうですね。
東村 じゃあ描いてみよう、どうせなら超イケメンを出そうと。いっそモデルとかにしちゃおうと。最初は普通にかわいい男の子で、女子が喜ぶキャラにしようと思っていて、こんな辛辣なキャラにするつもりはなかったんです。
1話目のネームをやり始めて、ここでイケメンが居酒屋にいて……と描いたら、いきなりブチギレ始めちゃった。ああ、この子はこういう子なんだと。
――もう動くままに描く、と。キャラクターの設定などは細かく決めていなかった?
東村 いつもそこまで作りこまないです。でも、1話目のネームを切るまでは、「若いイケメンのカッコいい子がアラサー女子のことをエスコートしてくれてステキ」みたいな感じになるかもしれなかったんですけど……紙に描いた瞬間、ドSキャラになってしまって。要は、私のリアル・タラレバ女子たちへのイライラがKEYに乗り移ったのかも?
――倫子がKEYとどうなるかも決めずに描いているわけですか?
東村 KEYとどうなるかだけじゃなく、倫子たちに相手が見つかるかどうかもまだわからないです。見つかってもうまくいかないかもしれないし。イメージとしては、日本版『セックス・アンド・ザ・シティ』[注7]。主人公のキャリーはいろんな人となんだかんだあるけど、ひとりつかず離れずの人がいて……という王道パターンですけど。KEYくんはそういう感じ。友だちでも恋人でも弟分でもない存在。どうなることやらです。
――でも、ズバッと言われる心地よさはあると思います。厳しいこと言ってくれる人ってなかなかいないですから。
東村 女子会の絶望的な感じを見てると、そうかもしれないと思いますね。先に人をおだてて、暗黙の了解で「お返し頼むよ」みたいなのが女子会の世界ですから。会話のお中元とお歳暮が行き交う……あ、このフレーズ使えるな、メモっとこう(笑)。
――けっこう女子会には行くんですか?
東村 行きますよ。
私が若い頃はそんな言葉はなかったですけど。最近は若い子たちに「来ませんか?」って言われておごらされるおじさんポジションですけど(笑)。その場ではキツイこと言えないんですよね。泣かれちゃうから……円満に「ああそう」と流してます。そのストレスをマンガにぶつけるというか、タラレバとKEY君に言ってもらってるんだと思います。
――倫子だけではなく、香も小雪もさらにもがいていくことになるんでしょうね。
東村 もちろんです! これからいろんなタイプのイケメンキャラを増やしていこうかなと思ってます。「タラレバ」はすごくラクな作品で……ノリノリで描いてますね。考えてみると、自分と近い世代の大人の女の人が主役のマンガってこれまで意外と描いてなくて。安野モヨコ先生[注8]とか桜沢エリカ先生[注9]の作品に憧れていたので、ホントはこういうの描きたかったんじゃないか、と今になって気づいたりして。ギャグとか育児マンガとかいろいろやって、ようやく素直にこういうのを描くタイミングが来たのかなと思っています。
- 注7 『セックス・アンド・ザ・シティ』 1998年から2004年にかけて放送されたアメリカンドラマ。全6シーズン。ニューヨークに住むアラサー独身女性4人の恋と仕事、プライベートをコミカルに描く。4人が作中で見せるファッションも話題となった。全世界で大ヒットし、主演のサラ・ジェシカ・パーカーは一躍スターに。日本でも社会現象ともいえる大ブームを巻き起こし、劇場版も2度公開されている。
- 注8 安野モヨコ 『ハッピー・マニア』『さくらん』『働きマン』など数々のヒット作を生み出した漫画家。多くの作品がアニメや実写映画など映像化されている。2009年にはデビュー20周年を迎えた。ちなみに夫は、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』などで知られる監督の庵野秀明。
- 注9 桜沢エリカ 女性漫画家。代表作に『メイキン・ハッピィ』『天使』『シッポがともだち』『贅沢なお産』など。キャラクターのファッションセンスの高さにも定評がある。同時期にデビューした漫画家に岡崎京子、内田春菊がいる。
取材・構成:粟生こずえ
漫画家として第一線を激走する東村アキコ先生が描く自伝マンガ『かくかくしかじか』。ついに完結を迎えた、笑いあり涙ありの『かくしか』について迫る!後編はコチラ!