『月に吠えらんねえ』第3巻
清家雪子 講談社 \740+税
(2015年4月23日発売)
「□街(しかくがい)」には、近代日本文学の巨匠たちの作品からイメージされたキャラクターたちが暮らしている。
□街の□は「詩・歌・句」を意味し、この街には詩人・歌人・俳人が住んでいる。そんな□街に暮らす者たちを中心に、詩人の苦悩と愛憎を描くのが本作。
虚実入り混じりもはや妄想的とすら言える詩人たちの世界と、実際の詩の引用によって、独特の圧倒的な不安定感とトリップ感とがかもし出されている。
「盗んだバイクで走り出す」チューヤ(中原中也作品のイメージ。以下同じ)、蛆のわいた死体を何時間もながめて飽きない朔くん(萩原朔太郎)、その師匠ということになっているモテモテの白さん(北原白秋)……この街の住人たちはたいがい情緒不安定で、飲んだくれで、社会不適合者たちである(白さんだけはちょっと特殊)。
最新巻となる今回は、□街を出て放浪の旅を続ける犀(室生犀星)の目線で、硫黄島での釈先生(折口信夫)の妻とまで言われた弟子のはるみくんとの対話が描かれるところから始まる。
親友であり、かつての交友を何度も執拗に回想している朔くんの妄想と、戦争という異常事態がリンクし、現実とも虚構ともつかない不思議な時空で犀と朔くんもすれ違う。
犀が気がつくと今度は陥落しつつあるサイパン島に舞台は移っており、親族を米軍に皆殺しにされた南島生まれの少女が犀を救う。犀は少女に優しい詩を読んで聞かせるが……。
そして今度は戦火の爆音と、皇紀二千六百年記念式典の花火の音がシンクロし、またしても犀の時空と朔くんの時空がシンクロする。
しかし今度は2人は出会わない。犀が優しい詩を読んでやっているあいだに、朔くんはいくつもの時代、いくつもの惨劇をタイムスリップしながら、別の可能性を苦しみながら模索する。
朔くんが過去へ過去へと逃げ続けるのに対して、特高に逮捕されてリンチされた石川くん(石川啄木)が、1960年代の全共闘の時代に紛れ込んで三島由紀夫の姿を横目でながめたり、さらに現代にタイムスリップして現代における自分の認知のされ方にショックを受けたりもする(小説家ではなく歌人として認知されており、にもかかわらず歌を忘れ去られている。しかも、恥ずかしい所業の数々はしっかりと歴史に残っている、などなど。たしかにかわいそう)。
詩の世界表現が卓越しているのみならず、キャラクターたちの魅力の炸裂力、そして実際の詩歌が持っている凝縮されたリアルな時代の雰囲気があいまってほかの作品ではまず読めない強烈無比な作品。
現代から近代に舞台を戻して3巻が終わったので、4巻からどうなるのか、まだまだ気になる。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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