『講談社漫画文庫 Lady Love』第1巻
小野弥夢 講談社 \700+税
『ジゼル』というバレエがある。
精霊たちが真っ白な長いチュチュをまとい、幻想的に踊る場面が印象的な作品だ。
今日6月28日は、パリ・オペラ座で『ジゼル』が初演された日にあたる(1841年)。
まずは簡単にそのストーリーを紹介しておこう。
1幕は村の場面。
主人公・ジゼルは心臓が弱いものの、明るくて踊りが大好きな村娘。彼女には恋人がいるが、彼の正体は貴族の青年・アルブレヒト。
アルブレヒトは貴族であることを隠して、ジゼルと想いを深めていたのだった。
しかしついに、アルブレヒトの正体がばれてしまう日がやってきた。
そしてまさにその時、貴族の一行が狩りの途中で村に現れる。そこにはアルブレヒトの婚約者、バチルドとのその父親がいた。
ジゼルは自分の恋人に婚約者がいるという事実を突きつけられ、アルブレヒトがバチルドの手に口づけする場面を目の当たりにしてしまうのだ。
ジゼルは激しいショックを受け、目の前で起きていることが信じられず、狂乱状態に陥る。
彼女の弱った心臓はそれに耐えられず、ついに息絶えてしまう。
2幕の場面は夜の墓場だ。
結婚を前に亡くなった若い娘の精霊・ウィリーたちが集まる場所。
彼女たちは、裏切った男を容赦せず、死ぬまで踊らせようとする。ジゼルもまた、ウィリーのひとりとなっていた。
そこへやってきたのが、ジゼルを亡くした後悔と悲しみに満ちたアルブレヒトだ。
ジゼルは死してなお彼を守り、ウィリーの女王に懇願し、アルブレヒトの命は助かる。
朝が訪れ、アルブレヒトはジゼルの墓に花を供えて、静かに去っていく――。
とても簡単にまとめると、二股を掛けてしまった男と、それでも彼を許し、愛し続けた女の話である。
さすがにこれではミもフタもないが、これはダンサーや演出家によって純愛悲劇にもなる。
アルブレヒトのジゼルに対する愛が、貴族の戯れか、真実の愛なのか、だ。
婚約者の父親の手前、やむなくバチルドの手にキスをしているのだというのが伝わる演技だと、観客席はあっという間に女性のすすり泣きでいっぱいになる。(実際に見たことあります。もちろん筆者も泣きました)
解釈は重要、という実例だろう。
前置きが長くなったが、マンガの紹介に移ろう。
『Lady Love』は、1984年に第8回講談社漫画賞を受賞したバレエマンガの名作だ。
(同年の一般部門受賞は『AKIRA』だと言えば時代が伝わるだろうか?)
主人公はレディこと、レージデージ=ミッシェル。
バレエを愛する少女・レディは奨学金をえ、全力でバレエを習い、めきめき上達していく。
いくつもの事件やハプニングの末、最年少の13歳で上級クラスになった彼女の前に、世界バレエコンクール出場のチャンスが訪れた。
のちのち、彼女の真のパートナーとなるマーシーと踊ることになる演目が『ジゼル』だ。
レディとマーシーの前に、同じ演目で立ちはだかるライバルがいる。ポーラとピーターだ。
そしてレディとポーラの、ジゼルに対する解釈の違いがじつにおもしろい。
ポーラは、ウィリーになったジゼルは悲しいものだと主張する。
恋する人が身分違いで、さらにフィアンセがいるのを知って、裏切られたショックで泣きながら死ぬのだと(これが一般的)。
いっぽうのレディは、ジゼルがアルブレヒトを愛していたから自殺をしたのだと言い張るのだ。
命をかけても、その愛を伝える。
はかないウィリーとなっても、その心は愛に満ち、激しく情熱的なのだと。
だから死んだ後でもアルブレヒトと踊れればジゼルはうれしいはず――そう断言するレディ。
これはまったく斬新な解釈だ。
死してなお愛を貫くジゼルを踊るバレリーナは多いが、愛を証明するために自殺した!と考えて踊ったのはレディだけではなかろうか?
この解釈を生み出した著者と、この発言がじつにふさわしいと思わせるレディの前向きなパワーに拍手したい。
このほかにももちろん、たくさんのバレエの演目が登場するし、派手なエピソードも満載。
バレエを知らなくても、波瀾万丈でドラマティックで、だれでも楽しんで読み進められること間違いなし。
高いエンターテイメント性を持つ、マンガらしいマンガと言えるだろう。
『ジゼル』は2幕もので比較的短く、ストーリーもわかりやすい、とっつきやすい演目だ。
『Lady Love』が気に入ったあなたには、ぜひどこかで観ていただきたい。
もっともっと、この作品がおもしろくなるだろうから。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
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