『江戸川乱歩妖美劇画館』vol.1
江戸川乱歩(作) 上村一夫、桑田次郎(画) 少年画報社 ¥800+税
(2015年7月24日発売)
今年(2015年)は、日本ミステリーの始祖である江戸川乱歩(1894-1965)の没後50周年ということで、様々な企画が立ち上がっている。
コミックの分野で、江戸川乱歩といって、まず思い浮かぶ作品といえば、山口譲司『江戸川乱歩異人館』となろうか。こちらは50周年に合わせたものではなく、2010年から「グランドジャンプ」等で連載しているものだ(最新刊は第11巻)。また、本年2月には、古賀新一『江戸川乱歩怪奇漫画館 屋根裏の散歩者・陰獣他』が実業之日本社から上梓されるなど、再刊の動きも出てきた。
そうした再刊の動きの一環として本書『江戸川乱歩妖美劇画館』(全3巻)を挙げておきたい。
「江戸川乱歩」という名のもとに、これだけのマンガ化作品がまとめられたのは今回が初めてである。こうした試みが成り立つのも、没後50年経っても衰えない江戸川乱歩の人気ゆえであろう。
収録作品はvol.1が「パノラマ島奇談」(上村一夫)、「地獄風景」(桑田次郎)。vol.2が石川球太による「白昼夢」、「人間椅子」、「お勢地獄」、「芋虫」、「押絵と旅する男」と真崎・守「巡礼萬華鏡」(「鏡地獄」より)、池上遼一「お勢登場」というものだ。
8月刊行予定のvol.3には、横山光輝が手がけた「白髪鬼」が収録される(一部の作品名が太字となっている理由は後述する)。
「劇画館」というちょっと時代がかった名称や、作家の顔ぶれからも想像がつくかと思うが、この作品集の収録作品は60年代後半から70年代のものが中心になっている(本の装幀も70年代チックで、横尾忠則のデザインを彷彿とさせる)。
収録作のベースとなるのは1970年に「週刊少年キング」(少年画報社)で〈江戸川乱歩・恐怖シリーズ〉として連載された作品群である。先の作品のうちの太字で表示されたものに、古賀新一「屋根裏の散歩者」を加えたものが全作品である。
未収録の「屋根裏の散歩者」は、先に言及した『江戸川乱歩怪奇漫画館 屋根裏の散歩者・陰獣他』に入っているのでvol.3が予定どおりに刊行されれば〈江戸川乱歩・恐怖シリーズ〉を容易に追体験できるようになるのだ(ただし、今回の収録にあたり、石川球太は「芋虫」・「押絵と旅する男」に手を加えているので、「初出の状態で読みたい」とこだわるむきには、掲載誌探索への過酷な旅が続くこととなる)。
60年代後半から70年代にかけて、ミステリーの活字の世界においては、戦前の探偵小説がリバイバルされるブームが起こっていた。1968年に小栗虫太郎『人外魔境』を刊行した桃源社は〈大ロマンの復活〉と銘打って、続々とかつての探偵小説作家――先に名前の挙がった小栗虫太郎をはじめ海野十三、国枝史郎、橘外男、久生十蘭、横溝正史、蘭郁二郎――の作品を刊行しはじめた。
翌年には『江戸川乱歩全集』(講談社)、『夢野久作全集』(三一書房)が刊行され、特に前者は予想外の売れ行きとなった(山前譲『日本ミステリーの100年』より)。
〈江戸川乱歩・恐怖シリーズ〉が企画されたのは、そうした時流が背景にあったと考えられる。「週刊少年キング」では、江戸川乱歩のほかにも小栗虫太郎の「人外魔境」シリーズのマンガ化作品を掲載していた。また、「週刊少年マガジン」では橘外男の小説が取り上げられ、池上遼一「ウニデス潮流の彼方」などが発表されている。
この時期のマンガ雑誌におけるミステリー小説のコミカライズの状況は非常に興味深いテーマなのだが、残念ながら筆者はここまでしか追求しきれていない。
最後になるが、こうした再編集物では「解説」が重要な役割を占めるのだが、本書ではメモリーバンク(株)の綿引勝美が丁寧な仕事をしている。
各作品についてマンガと原作の双方に目配りをしたバランスの取れた解説となっている(なお、メモリーバンクは本書及び『江戸川乱歩怪奇漫画館』の編集協力も担当している)。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。最近では「名探偵コナンMOOK 探偵少女」(小学館)にコラムを執筆。また「ミステリマガジン」9月号にコミック評が掲載されています。