なんと前回のインタビュー前編で、「別冊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載中の作品『少年Y』(作画:とうじたつや)の原作を、別名義で担当していることを明かしてくれた施川ユウキ先生。
後編では、『少年Y』の原作を手がけることなった経緯と、マンガ原作の醍醐味、『オンノジ』『鬱ごはん』とともに支持を集めた『バーナード嬢曰く。』について、そして『オンノジ』執筆時の思い……などなど、多彩な内容をうかがうことができました!
(前編は→コチラ)
『少年Y』の原作者名を「ハジメ」にした理由
――『少年Y』の原作者であるハジメ先生が施川先生の別名義だと聞いて、とても驚きましたが……考えてみると、腑に落ちるところもあったりします。
施川 『少年Y』2~3巻の巻末ページにコラム[注8]を数本書いてるんですけど、ほとんどぼくがふだんから書いてるような話ですし。
――同じく2巻には、影絵のエピソードも出てきますが、そういえば『え!?絵が下手なのに漫画家に?』[注9]にも、影絵の思い出話がありましたね。カンのいい読者は、気づいていたかもしれませんが……。
施川 誰も読んでなかったんじゃないかっていう疑念が……。
――施川先生は過去にもマンガの原作を担当したことがありましたが[注10])、今回、『少年Y』の原作を別名義にしたのは、なぜだったんですか?
施川 そのほうが萎縮せず大胆なことができるのかもと思い、軽い気持ちで……。隠し続けるつもりもなかったんですけど、言うタイミングを失ってました。さっきも例に出しましたけど[注11]、「映画『北京原人』の北京原人役は誰でしょう?」みたいな、たいした話でもないのに企画っぽくなったら嫌だったので……。「このマンガがすごい!」編集部さんからインタビューの話があった時、ちょうど単行本3巻も出る時期だったし、じゃあこのタイミングで、と。
――ペンネームを「ハジメ」とした理由は?
施川 意図としては、あまり印象に残らないような名前にしようかな、というのがありました。
――『少年Y』のようなタイプの作品は、以前から構想としては存在していたんですか?
施川 かなり前に、1話分だけ原作を書いてあったんです。『オンノジ』の連載を始める、だいぶ前。それこそ、まだ『サナギさん』の連載が終わったばかりの頃です。ただ、続きができなくてお蔵入りになってまして。他の連載も続けながら、さらに週刊でこれを始めるのは体力的にキツイという部分もありましたし。
――「別冊少年チャンピオン」創刊の際、そのネームが日の目を見ることになったんですね。
施川 はい。別チャンが創刊する時に、編集さんから「あの続きを書いてみませんか」と言われて、週刊でなく月刊ならなんとかなるかなと思って引き受けたんです。
各所に“施川節”が見てとれる『少年Y』
――学園パニックものは世にたくさんありますが、『少年Y』には独特の雰囲気があると思います。単行本の表紙も、かなりとばしてますよね!
施川 たしかにアオリに「学園パニックサスペンス」とありますけど……じつはそんな内容でもないですよね。
――転校初日、主人公・ユズルの目の前でいきなりクラスメート全員が死んでしまう。そして、謎の少女が現れ、級友に何の情報もないユズルに「生き返らせる人間を選べ」とゲームを仕掛けてくる……という。いわゆる「殺人ゲーム」ではなく、正確には「生かす命を選ぶゲーム」となっていますが。
施川 ゲームって言い張ってるけど、勝ちも負けもないから、ゲームですらないんです。本当の意味で決断力を試されるのって、こういう正解のない選択だと思うんです。2巻まで、「主人公が勝ってスカッとする」みたいな展開がないですから。
――それで成立するマンガも珍しいです!
施川 埋立地でボロボロになりながら、粗大ゴミの山の頂上に洗濯機を運んだりしている……。「これは正義なんかじゃない。僕がたどり着いた、僕の意思で行う悪だ!」とか言いながら。この話のどこが学園パニックサスペンスなんだと(笑)。
――マンガ史上でもなかなかない、斬新な場面です!(笑) じつは洗濯機を運ぶ行為によって、生き返らせる人間の命を選択しているという……シリアスなシーンなんですが、「洗濯」と「選択」の言葉遊びが施川先生らしいですよね。
施川 自由に原作を書かせてもらった結果生まれた場面で、すごく気に入ってます。読み返すと「マンガとして、こんなジャンルないから!」って思うんですけど、書いてた時の考えでは、キリストの受難なんですよ……。ゴミの山がゴルゴダの丘で[注12]。だから人類史的に見ても、王道プロットだと思ったんです。「これだ!」って。
――3巻では、ユズルの相棒である匡(たすく)が、白熱したゲームを見せてくれますね。相手の腹を読み合う知的ゲームの緊張感にゾクゾクしました。
施川 さすがにそろそろゲームっぽい要素も入れていかないと、ってことになりまして。ただ、ゲームじゃないものをゲームとして成立させるゲーム……みたいな、若干ややこしいです。主人公が普通の少年なので、匡のほうがヒーロー的に活躍させやすいんです。このゲームのラストは、かなりカタルシスのある決着になってると思いますよ。
――原作を書く楽しみは?
施川 できあがった時に、いち読者としても楽しめることです。やはり自分でストーリーも絵もやっている作品とは、受け止め方は違ってきます。でも、進行が遅れると(作画の)とうじ先生に迷惑をかけてしまうので、自分で描いてる時よりプレッシャーは大きいです。
- [注8]『少年Y』巻末コラム 作中に登場するキーワードをテーマにしたコラムで、たしかに施川先生らしい独特の雰囲気が見て取れる。画像の「焼きそば」は匡の得意料理。
- [注9]『え!? 絵が下手なのに漫画家に?』 「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で連載されていた、施川先生によるギャグエッセイ作品。2009年11月に表題作と他短編を収録した単行本が刊行された。
- [注10]過去にもマンガの原作を担当 施川先生は秋★枝先生による作画の『ハナコ@ラバトリー』(JIVE)で、原作を担当している。
- [注11]さっきも例に出しましたけど 施川先生はインタビュー中、何度も映画『北京原人 Who are you?』で北京原人役を演じた俳優の本田博太郎氏を例に出していた。詳しくはインタビュー前編2を参照。
- [注12]ゴルゴダの丘 新約聖書にて、イエス・キリストが自らが磔にされる十字架を背負い、登ったとされる丘。